相分離生物学:分子からマクロへの架け橋
相分離
分子で説明されるミクロな現象と生物の表現型などマクロな現象のギャップをつなぐのが相分離生物学である。相分離とは、細胞内で特定の分子が集まり、その他の成分から区別される物理的な区間を指す。細胞内で異なる機能を持つ特定の環境やコンパートメントを作り出すために重要で、特定の生物学的反応の効率を高めたり、特定の反応から分子を隔離することで反応の調節を行ったりするのに用いられる。代表例として、液液相分離によるドロップレットの形成があげられる。
RNAは塩基配列の相補性を利用した機能以外にも、溶液物性によっても機能を発揮し、選択がかかっていると考えられる。例えば、細胞質内での翻訳が局所的に高速に行われるために、mRNA, rRNA, tRNAが高濃度に密集したパッチを構成している。
タンパク質においても、分子同士が弱い相互作用をどの程度形成しやすいかという特性によってドロップレット、繊維、結晶、ゲルなどの形成が起こり、細胞内代謝の時空間制御が行われる。タンパク質の一次構造が共有結合、二次構造がアミノ酸主鎖間の水素結合、三次構造がアミノ酸側鎖間の非共有結合、四次構造が特異的なタンパク質間相互作用だとすると、溶液物性のような普遍的な相互作用はタンパク質の五次構造と呼ぶことができる。
AlphaFoldはタンパク質の一次構造から三次構造を予測するアルゴリズムであり、RNAも構造予測が研究されてきたが、このような溶液物性もRNA、タンパク質の配列自体にエンコードされ、それが機能と結びついて進化的に保存されているはずである。一般に生化学反応の速度については、溶質-溶質間、溶媒-溶媒間、溶質-溶媒間の相互作用がすべて同一とする理想溶液の仮定をおくことが多い。将来的に溶液物性、分子間相互作用を予測できるようになると、相分離を考慮したより高精度な細胞シミュレーションが作れるようになりそうだ。
東大生物2024第1問では転写調節における液液相分離を題材とした出題があり、(相分離の知識がなくても論理的考察により解答できるものの、)相分離が生命を構成する重要な要素としての地位を確立しているといえる。