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アークナイツ二次創作【ミヅキサイドストーリー】まとめ③

 かつては賑やかだった街並み。今は無惨に破壊され、商売をする人影はほとんどない。
 崩れた建物。アーツや砲弾の雨に晒され粉々になった地面。

「――――サイダー、冷たいサイダーはいらないかい?」

 砂埃が仄かに舞う中、路地裏でサイダーを売る者が居た。
 目元が外気に触れているだけで、他は衣服に包まれている。汚れきった格好で彼はサイダーを売り続けていた。

「冷えたサイダーいらないかい! 冷たいサイダーが3龍門幣だよ!」

 …………。
 彼の声に耳を傾ける者は少なくはない。ただ、今日の人通りはいつもに比べて少なく見える。

「ん~……今日は客もあんまり来ねぇなぁ……。みんな復旧作業で忙しいのかねぇ」
「――――ハイさん! サイダーちょうだい!」

 活気の無い、人の気配もまばらな龍門の裏路地で少女の声が響く。
 ハイと呼ばれた男へ差し出した彼女の手には、鉱石病の症状が現れている。

「お、今日も来てくれたのかい、お嬢ちゃん」
「うん! 3龍門幣ならいいってお母さんが言ってくれたの!」
「そうかいそうかい。お嬢ちゃんはお母さんと二人なのかい?」
「うん……お父さんはこの前死んじゃったんだ……」
「この前って……」

 笑顔の似合う少女が、暗い顔を地面に落とす。

 レユニオンによる龍門襲撃。
 「怒り」や「悲しみ」という負の連鎖はどこまでも根を張り続け、関係のない者たちにまで広がっている。
 なにが正しく、なにが間違っているのか。そんなものは最初から存在せず、ただ人々の意識の中にしか存在しない。
 正しいことなど、正しい行いなど在りはしない。

「私とお母さんを庇ってね、建物に潰されちゃったの……」
「……」

 龍門になだれ込んだレユニオンたち。
 市民も巻き込んだ戦闘では、多くの人々が亡くなった。
 ある意味、この少女の父親を殺したのは彼自身でもある。
 レユニオンに所属していた彼が……。

「お嬢ちゃん、嫌なこと聞いちまって悪かったな……、ほらよ」
「ん? ハイさん、サイダーは一本だけでいいんだよ?」
「お得意さんにはサービスだ。お母さんにもあげてくれ」
「わー! ありがとうハイさん!」
「いいってことよ、お母さんと仲良くな。困ったことがあったらなんでも言ってくれよな」
「うん!」

 嬉しそうに駆け足で去っていく少女。

「ハイさん! ありがとぉー!」
「おう!」

 手を振る少女に応えるように、手を振り返すハイ。
 少女の姿が消えたあと、ハイは少女と同じように暗い影を見せた。

「はぁ……。あんなんで笑顔になってくれるなら、安いもんだ……」

 レユニオンとして、鉱石病を患う者として、あの襲撃を今さら後悔はしていない。あれは正しい行いだったはず……。
 行動を起こさなければ、鉱石病の患者たちはいつまでも迫害され続ける。

「だが、本当にあそこまでしなくちゃならなかったのか……? 俺には分からねえ……」
「――――おい」

 考えにふけっていたハイの隣に、全身を黒い外套で覆った者が居た。

「ああ、すまねぇ。サイダーか?」
「お前がケヴィンか?」
「なんで俺の名前を……?」

 ハイ改め、元レユニオン空挺部隊所属ケヴィン。

「俺たちはまだ死んではいない。もう一度やり直す」
「やり直す? なにを?」
「龍門を奪う」
「ハッ……俺たちじゃ敵うわけねぇだろ。見ただろ、あのでかい盾持ちの姉ちゃんに近衛局の紅い剣を持った女。それにロドス製薬とかいう連中だっているんだぞ」

 そう。あんな化け物じみた連中に勝てるわけがない。
 ファウストもメフィストもフロストノヴァも、全員が死んでいった。
 この龍門には並大抵の戦力じゃ、もう歯向かうことはできない。

「俺たちだけじゃない」
「は?」
「スノーデビル隊は覚えてるか?」
「おいおい、フロストノヴァは死んだだろ」
「フロスト、ノヴァ……」

 意味ありげに呟く男に、ケヴィンは眉をしかめた。
 龍門市街の薄暗い路地に男が二人。

「まぁいい。それで……、隊長も指導者も居ない散りぢりになったレユニオンが、どうやって龍門を奪うって?」

 ケヴィンは馬鹿にしたような物言いで男へと問いかける。
 それもそのはず。主力となる幹部が死に絶え、もはやレユニオンは霧散している。
 そんな状況下で「もう一度、龍門を奪う」とは、誰もが笑うだろう。

「ケヴィン、お前はフロストノヴァのことは知ってるのか?」
「まぁ、少しはな。それよりもよ、お前は誰なんだ。そろそろ自己紹介くらいしてくれてもいいんじゃないか? 俺は今誰と話してるんだ?」
「そうだな……」

 男が被っていたフードを取る。
 暗い裏路地には似合わない、銀色の短い髪がほんのりと揺れる。その間からはコータスの特徴である耳が見えた。

「……(フロストノヴァと同じコータスか)」
「俺はロストノア」
「ロストノア? 聞いたことねぇな。お前、レユニオンではどこの部隊だったんだ?」
「俺は、レユニオンには所属していない」
「所属してない? なら、レユニオンと何の関係が?」
「それは…………」

 ロストノアが沈黙する。

 ――――俺の名前を知っていて、龍門を奪うと馬鹿を言う目の前の男ロストノア。

「はぁ、お前の事情は知らねぇが、やめとけ。これ以上の行動は悲劇しか生まれない。すでに結果も出ているんだ」
「……そうだとしても、俺はフロストノヴァを殺した奴を許さない」

 冷たく冷静に呟いた言葉。だが、そのうちに潜む憎悪、激情が嫌というほど身体の芯にまで伝わってくる。

「覚悟があるのは理解したよ。だがそれでも、無茶だ無謀だと言ってやるよ」
「できる……必ず……」

 レユニオンの襲撃、龍門の路地裏で見た鉱石病の者たち。力で解決すれば余波が無関係の人々を飲み込んでいく。

 ――――今なら理解できる。このままいけば、こいつは死ぬだろう。

 ならば、今の俺にできることはなんだ?
 墜落したせいで生き延びた、仲間を置いて生き延びた俺になにができる?

「…………。お前はフロストノヴァとどういう関係なんだ?」
「俺は……俺とフロストノヴァは――――――」



 ――――――――過去。

 昔、ウルサスの採掘場では女、子ども関係なく強制的に労働を強いられていた。
 フロストノヴァというコータスの少女と出会ったのはその時だった。

 絶え間なく続く地獄のような日々。
 飲まず食わずのまま働かされ、気がつけば隣に居た人が死んでいる。
 どうあがいても助からない。死ぬなら早めに死んでしまいたい。そう思わされるくらいに、ウルサスはひどい惨状だった。

「はぁ……はぁ……」
「――――おい、ガキ! さっさと動け!」

 ――――――ドゴッ!
 鈍い音が中身のない腹の内に響く。

「うぐっ……」
「誰が寝ていいっつったんだ!」
「うぇっ……」

 腹に鈍い痛みが走り内蔵にまで響く。食べていない胃が振動する。痛みがじわじわと、だが迅速に全身に広がっていく。

「うっ……いだっ……痛い、よ……」
「おい、聞いてるのか? 起きろって言ってんだ!」

 あぁ……起きないと……。
 じゃないと、また蹴られる……。
 いや……、このまま殺されてしまった方が楽になれるかもしれない……。もうこんなの嫌だ……。

「てめぇ! さっさと起き――――」
「……労働力が減るのはよくないかと思います」
「あぁ? なんだてめぇ?」

 小さな白銀、同じコータスで、時々視界に映っていた凛々しい少女。
 その少女フロストノヴァが、大人に向かってまっすぐに意見を述べていた。

「使えねぇなら死んでも構わねぇ。お前も無駄口叩いてないでさっさと働けクソガキ!」
「そうですか。なら、使えるので連れていきます」
「はぁ?」

 少女に手を差し伸べられる。

「ほら」
「え……」

 子どもながら、とても情けない状況だということは分かる。恐怖に抗えず、いっそこのまま死んでしまおうと思っていた自分。

 打って変わって目の前には、瞳に意志の力を残す少女。
 ……彼女への憧れはこの時に生まれたものかもしれない。

「ほら、立つんだ」
「……あ、ありがとう」

 冷たい小さな手に助けられる。
 俺はどうしようもないくらい情けなかった。

「一人で歩けるか?」
「うん……」
「そう、なら頑張れ」
「あ、ありがと」

 痛い、苦しい、、今にも死にそうだけれど、分からないくらい心臓がバクバクする。

「チッ……あーイライラする……ガキがここで二人死んだって別に……」

 男がぶつくさと独り言を呟く。

「――――おいおいおいやべぇ、やべぇぞ!」
「あ? なんだ?」
「パトリオットだ! パトリオットの部隊が攻めてきやがった!」
「はぁ⁉ なんであいつらがここに来るんだよ!」
「俺に聞くなよ! そんなことよりさっさと逃げるぞ!」
「ちょ、待て! あークソ! クソが! なにも上手くいかねぇ!! てめぇらはここでくたばっとけ!」

 男は自分たちへ罵声を浴びせるだけ浴びせて逃げていく。

「僕たち助かったの?」
「そうみたい」
「これからどうなるんだろう」
「なるようになるさ」

 その後パトリオットの部隊が踏み入り、すぐにウルサスの採掘場は占領された。
 強制労働を強いられていた人々は解放され、逃げたウルサスの一部は捕らえられ、パトリオットに立ち向かった者は死に絶えた。


 ――――――――――現在。

 ロストノアの過去を知り、ケヴィンが頭をかく。

「お前、ウルサスに捕まっていた孤児の一人か……」
「もう随分と昔の話だがな」

 ――――同郷のフロストノヴァを殺された恨みで、遅ればせながら復讐ってわけか。
 龍門市街がめちゃくちゃになって、目の前には汚れた路地裏が広がってるってのに、この惨状を見てもまだ辛苦は足りねぇってのか……。
 いや、そもそも、こいつの目にはこの現状や惨状なんて映ってないのか。

「……それで。好きだった奴を殺されて仇討ちと」
「勘違いするな。俺は彼女に恋愛感情を抱いたことはない」
「そうかい。だが、お前の目は『最愛の人を殺されて怒り狂ってる』ように見えるぜ」
「それは……お前がそう感じているだけだろう」
「そうかもな」

 少し険悪なムードが漂う。
 お互いが睨み合い、無音の威圧が周囲を包んでいく。
 ケヴィンは今日に限って客が来ないことに、心の中で安堵していた。

「もし仮にだ。お前がレユニオンの生き残りを集めたとしても俺は――――」
「お前はロドスに知り合いが居るんだろう」
「……」

 ケヴィンの瞳が微かに動揺する。

「はぁ、それがどうしたっていうんだ……?」
「イーサン、元レユニオンの一員であり、ロドスへと移った者」
「あいつはもうロドスに居る。それがなんだって言うんだ」
「先ほどの少女とイーサン、お前はどちらを失えば俺の気持ちが伝わる? それとも、どちらも失えば俺の気持ちが伝わるのか?」

 ケヴィンが苛立ちを見せ拳を握りしめる。

「……おい、冗談でもそんなことは口にするな」
「怒ったか?」
「怒ったかだと?」

 ロストノアの問いかけに対して、ケヴィンは確認するように質問を復唱した。
 我慢の限界が近づいているケヴィンの拳がわなわなと震える。

「……お前の気持ちは痛いほど分かってんだよ! だがな、ここに居る奴らは被害者でしかない! お前がここの連中に手を出すって言うなら、俺が相手になってやる!」

 そうだ。ここの鉱石病のやつらは今回の件とは無関係だ。なのに、俺は……俺たちは判断を誤ったんだ。
 間違った行いを正しいことだと言い聞かせて道を見失った……。

「これ以上、ここを壊すことは許さねぇぞ」
「それがお前の答えなんだな……」

 ロストノアはもの悲しげに呟くと、怒りの炎を瞳に宿した。次第に空気が震え温度が上昇していく。
 熱波に対してケヴィンは咄嗟に後退した。

「な、なんだ……」
「仲間でもなんでもないのなら、お前に生きる価値はない」

 拳に燦爛と輝く紅火。肌が乾燥し焼けつくような熱気がたちこめる。衣服が熱に侵されていく。
 炎のアーツ、それもかなり高熱のもの……。

「はっ……フロストノヴァと違って熱い奴だな」
「なるべく一瞬で楽にしてやる」
「そうかい……」

 氷のアーツが使えていなければ、今ごろは全身に火傷を覆っていただろう。それほどまでにロストノアのアーツは燃え滾っていた。

 ロストノアの拳に炎が生み出される。

「――――おい、そこのお前たち何をしている!」
「「……!」」

 不意に聞こえた声の主は龍門近衛局の者だった。

「こちらリューシ、路地裏で問題発生。至急応援を頼む……!」
「っ……、勝負は預ける」
「あ、おい! 逃げるのか!」

 ロストノアがその場を去り、残されたケヴィン。
 近衛局員が少しずつ歩み寄っていく。

「おい、事情を説明してもらおうか」
「はいはい……、分かってるよ……ふぃ〜……」

 あのまま戦闘を始めていれば、九割の確率で死亡、運が良くても重傷だっただろう。

「あんたのおかげで命拾いしたよ」

 ケヴィンは素直にお礼を述べたものの、相手は首をかしげてお礼の意味を理解できずにいた。


「―――――……っていうわけだ」

 ここで起きた出来事をケヴィンは全て話すと、上層部にかけあい、ロドスに一報をいれてほしいとまでつけ加える。

「お前がここで問題を起こそうとしたことに変わりはない。それに、私がお前を信じるに値するものはなにもないだろう」
「あいつは逃げて俺はこの場に残った。もしそれでも俺のことを信用してくれないなら、俺をロドスのイーサンって奴に会わせてくれよ!」
「俺にそこまでする道理がない」

 何を言っても、リューシと名乗っていた近衛局員は取り合う気がない。

「ならよ、もし仮に、ここでの話が本当でお前が伝えなかったために龍門がまたあの惨劇を繰り返したら、お前は立ち直れるのか?」
「っ……」
「頼むよ……俺は真っ当な生き方はしてこなかったクズだ。でもよ、もう関係のない奴らが苦しむのは見たくないんだよ……」
「…………、少し考えさせてくれ」

 すぐには信じようとしなかった近衛局員。
 腕を組み自分の中でケヴィンの言葉を噛み砕き飲み込んでいく。

 情報、龍門の危機、信用の度合い。
 目の前の感染者の言葉を全て信じることはできない。

「ふむ……」
「決めてくれたか?」
「お前を近衛局に連行する」
「それは、俺を信じてくれたってことでいいのか?」
「勘違いするな。俺だけでは判断ができないから上司に任せるだけだ」
「それでも、俺の話を聞くことにしてくれたんだな……」
「ついてこい――――あ、ああ、こっちは大丈夫だ。応援は必要ない。それから、証人を一人連れていく。ホシグマの姉御に伝えておいてくれ」

 歩きながら通話する近衛局員にケヴィンが素直に同行する。

「ああ、面倒だが仕方ない。龍門に降りかかる危険は俺たちが食い止める」
「……」

 近衛局員が無線でのやり取りを終えると、ケヴィンは素直にその後ろ姿に、
「ありがとう……」
 と呟いた。

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