ソウル紀行③(アジョシと私Ⅱ)

 韓食堂では鉄板肉とビビンバを食べた。オーダーはすべてアジョシがやってくれた。何を言ってるのかわからないから、何を頼んだのかもわからなかったので、出てくるまでのお楽しみにした。しばらくすると、ロボット配膳機がオーダーした食事を運んできた。スタッフがそれをテーブルの上に並べる。数多くの小皿のおかずが一度に運べて便利だなと思った。
 ビビンバは真鍮製の器におかずだけが入っていて、同じく真鍮製の器にご飯とみそ汁が別に添えられてあった。小皿にはそれぞれ、キムチ、みそ、こんにゃく、もやし、ほうれん草のおひたし、キャベツのサラダなどが盛られている。アジョシはご飯をビビンバの器にいれて、真鍮製の箸で小皿のおかずを適当に入れて、スプーンでかきまぜてみせた。私も真似してみる。
「ビビンバとご飯は別なんですね」と聞くと
「全州はビビンバの発祥地で、これが本来の食べ方だよ。韓国の味噌汁はおいしいか?」と言った。私は「マシッソ(おいしい)」と答えたけど、韓国の味噌汁は日本のそれより出汁が弱い感じがして、不味いわけではないけれど、日本の味噌汁の方が口にあうなと思った。

 鉄板肉をサンチュにくるんでほうばっていたら、アジョシは
「ミソ、シロ?(味噌はきらいか)」と聞いたので
「アニエヨ、チョアヨ(いいえ、好きです)」と答えた。

 そして、サンチュに肉と味噌とキムチをのせて食べた。鉄板肉はとてもおいしくていくらでも食べられた。
 アジョシは新しい箸を使って自分の肉を半分にわけて、私のビビンバの器に乗せた。

 “これってあれだ!!” 
 
 それは、自分のおかずを相手のご飯やスプーンの上に載せて分け与えるという韓国ドラマではよく見かける食事のワンシーンと同じだった。やっぱりこれって韓国の日常なんだ。私、今、まさにその渦中にいてる。私、今、まさにフィールドワークを体験してる。そう感じて私のテンションが密かにあがった。
 
 町並みを見ながらぶらぶらと歩いていると、アジョシが「韓服を着てみないか?」と提案したけど、「恥ずかしいからいいです」と言って断った。
 全州は李成桂(イソンゲ)の故郷だ(所説あり)。李成桂は朝鮮王朝の初代国王の太祖で、3代国王、太宗こと李芳遠(イバンウォン)のパパ。
 私は韓国ドラマの中でも特に史劇が好きだ。とりわけ朝鮮王朝建国期はドラマティックで数多くのドラマが展開されている。様々な役者が演じた李成桂とその時代に思いを馳せ、慶基殿に飾ってる李成桂の肖像画の写真を撮ったり、ハングルで書かれている説明文を翻訳アプリで訳して読んだりしてひとりではしゃいでた。

 アジョシが突然「やっぱり行こう」と言って私の腕を持って韓服屋に連れて行った。スタッフの女性となにやら早口で交渉してる。
「ウリアガシ」と言ってるのだけわかった。
“アガシ(お嬢さん)”だって。私“アジュンマ(おばさん)”だよ、と思って少し俯いた。

 韓服に着替えた私を見たアジョシは「イェップネ~(キレイだね)」と何度も繰り返して言い、写真をたくさん撮った。
「ものすごく韓服が似合う。サトミさんはどこからみても韓国人だ!」と目を細めて言った。

 この年齢になってこんなに褒めてもらえるなんて後生ないよな、これは細胞が若返えるなと思ったけど、毎日一人旅の緊張で寿命が縮む思いをしていたので結局プラマイゼロだなと思い直した。
 けれど自分でも鏡で見たチマチョゴリ姿は案外悪くないなと思った。

 別れ際、アジョシは全州で一番有名だというチョコパイの詰め合わせを買って私に手渡した。たくさん入ってて一人じゃ食べきれない量だ。
「年末、家族と一緒に食べますね」と言うと『家族』という言葉にちょっとだけ反応して苦笑いしてた(ような気がする)

 全州駅で帰りのKTXを待っていると、そこにいるほとんどの人が、アジョシに買ってもらったチョコパイと同じ紙袋を持っていた。本当に名物なんだな。

 ソウルに向かう夕方のKTXはとても混んでいた。



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