銀座ソニービルの意義

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『ソニーは銀座でSONYになった ー銀座ソニービル物語 盛田が挑んだ日本企業初の”ブランド戦略”ー』読了。

目次
第1章 ”身のほど知らず”のビル計画
第2章 ソニーブランドをどう表現するか
第3章 新しい革袋に新しい酒
第4章 銀座の四季の香り
第5章 五反田村から花の銀座の”住人”に
第6章 「ソニービル」とは何か
第7章 五反田村のソニー、銀座のSONY

前回のUA栗野さんのつながりで読んでみた。数年前の『WWD JAPAN』別冊で「ギンザなう!」というテーマで栗野さんが出した銀座の思い出コメント

「ソニービルが登場した時、物凄くモダンに感じました」

正直自分にとって、銀座を象徴するとはいえなかった、銀座ソニービルが完成当時(1966年)は衝撃的だったという受け止められ方をしていたのが新鮮だった。

今でこそソニーといえば大企業グループであるが、銀座ソニービルを企画し始めた1962年当時の年間売上高は約230億円で、ビルの建設予算は少なく見積もって20億円で、年間の純利益のざっと2倍に届く金額で、資本金は27億円だったので、実は大勝負、大きな賭けであったことを知った。


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