父記録 2023/6/21【30分】
晴れ。
また薔薇が咲き始めた。
春先の薔薇より小ぶりで数も少ない。
今日から父は大部屋に入った。
大部屋とはいえ、ベッドの周囲には充分なスペースがあり、カーテンでしっかりと仕切られていた。父のベッドは窓側だった。
個室の時と同じく、大きな窓から空と緑が見える。
今日も父の呼吸はゼロゼロだ。
母とふたりで父の頭や顔や足を拭いた。
母はなぜかベッドの手すりまで拭いていた。
「お父さんの仕事でともちゃんが食えるようになったのよ、よかったわね」
母が父に話しかける。
いやまあ食えてはいたけどな。
でも余裕も蓄えもなかったから…それは「食えてない」のかもしれない。
父の仕事を継いだことで、私も含めて小規模ながら「アーティストが自分の技能を活かしながらお金を稼ぐ」場も作ることが出来た。
以前に比べたら責任は重いけれど、周囲の理解と協力のおかげで父の作品を繋いでゆきながら自分の創作を続けていくことが出来ている。
こうして毎日のように父の見舞いにも来られている。
「あと何分かしら」母が言った。
「あと10分かな」
「なんだか、短くてつまんないわね」
個室の面会時間は2時間。大部屋は30分。
ゆったりとした、たまに手持ち無沙汰な2時間が、せわしない30分になった。
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