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父記録 2023/4/28

4/28
晴れ。あたたかい。
窓を開けると薔薇の香り。
ピエールドロンサールも咲き始めた。
からだが重い。
疲れが出てきているな、と思う。

母と病院で落ち合う。
「早く着いちゃってね、駅ビルでスニーカー三足も買っちゃった」
母はまだまだ歩く気だ。
担当の先生と面談。
肺炎は小康状態。
胃管からの栄養、薬、水分は現在問題なく送れているが、パーキンソンの影響で血圧が乱高下するのが少し心配。
胃ろうを作ることが出来るかどうか、先ず胃カメラで検査する。
胃カメラ検査のリスクと起こり得る合併症の説明。
胃ろう手術の際のリスクの説明。
母は不安そうに「色々大変なのね…」と言った。
私は承諾書にサインした。来週月曜日に胃カメラ検査。

今日も父を挟んで座り、母は沢山昔の話をしてくれた。
ゴローズとの出会い。
「お母さんが出版社に勤めてた時、社内で見た雑誌にゴローさんの写真が載ってたの。お母さん、ピンと来た。この人の下でなら、お父さんきっと働きたいって思うな、って。だからゴローさんのこと、周りに根掘り葉掘り聞いてね、紹介してもらったの。」

東急ハンズに卸してた話。
「渋谷のハンズができる前よ。『準備委員会』って名刺持った人が来て。『ハンズのコンセプトにぴったりです』って。」
渋谷のハンズに家族で納品に行ったのをよく覚えてる。納品の後、一番上にあるカフェテリアに行った。その頃はカフェテリア方式なんて珍しくて、ショーケースを見て回るだけでワクワクした。

母が祖父の反対を押し切って美大に進学した話。
「女の子は良妻賢母、って時代でしょう。大学なんて、ましてや美大なんてとんでもない!って。そしたら高校の同級生がおじいちゃんを説得に来てくれて。『もうそんな時代じゃないです。ゆみちゃんにはやりたいことがあるんです!』って。おじいちゃん『面白い子だなー!』って感心しちゃって。
デザイン科なら、って許してくれたの。お母さんはほんとは油絵やりたかったんだけど。」
父は今日はほとんどずっと眠っていた。
「じゃ、そろそろ帰るね。」と声をかけると目を開けた。
父は帰ろうとすると目を覚ましがちだ。
「また来るわね」と母が言うとコクリと頷いた。

病院の近くの鰻屋さんに母と入ってみた。
座敷に座って、母は獺祭、私はノンアルビールで乾杯。お父さんの回復に。
母は「あーあ、お父さんがここにいたらいいのに〜」と寂しそうに笑いながら隣を見た。

「お父さんが元気だったらね、二人で朝のんびりパン焼いて食べて『おいしいね』って言ったりして、ゆっくり老後を過ごしたかったな。旅行だってお母さん、お父さんと一緒だから楽しかったのよ。冒険してるみたいで。」
もし父が元気だったら、きっとまだ二人で店をやってたんじゃないかな。

50分待って、鰻重が来た。
鰻はふわふわで柔らかかった。
「毎日お父さんに会えて楽しい」
母は三足のスニーカーを抱えて帰って行った。

ピエールドロンサール

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