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父記録 2023/7/20〜ワクワク〜

「昨日はね、落ち着いてて。『あたしよあたし。残念ながらあたしよ〜』って言ったらね、笑ってるの。『なんだ由美子か〜』ってお父さんの台詞も言ってあげたの。そしたら笑ってんの。」
母が楽しそうに報告する。

「乱暴な由美子ちゃんですよ〜ほーれ!」
母が蒸しタオルをバサっと父の顔に被せた。
本当になかなか乱暴だ。
ふたりで父の顔と頭と手足を拭く。
「お父さん、足首あっためるといいんだってよ」
蒸しタオルで足首を包んだ。
「ほら、あたしは乱暴よ。優しくなんて、やったことないんだ!
…お母さん、なんでだか子どものころからなんでも乱暴なのよね。妹たちは女の子らしくてなんでも優しくやったりしてたけどお母さんはずっと男の子みたいで」
母は父の頭をゴシゴシ拭いている。
父はうーん、うーんと言っている。
母が桃の搾り汁をスポンジにふくませて父の唇に塗った。父が舐める。母が塗る。父が舐める母が塗るどんどん塗る

「むせちゃうかもしれないから、そのくらいにしといたら」私が止めると母は少し残念そうだった。
「昨日はスイカだったの。お父さんは果物ならなんでも好きね。梨やら柿やら。ぶどうなんて大好きよ」
「ぶどうはまだ早いでしょ、ああ、でももうじきかな?」
ぶどうが出たら、絞って持ってこようかね。
父はうーん、うーんと言っている。

「アメリカは果物が安いから沢山たべたね」
「おいしかったわねえ、ハネージュメロンとかねえ」
子どもの頃、三人でアメリカに行った時の思い出。
夏休み、三人でてくてくてくてく線路を歩いて千葉にUFOを見に行った話。
「夢だらけだったし、すっごくわくわくしてたの。お母さん自分にすごく自信があったから、なんとでもやっていけるわ!って思ってて。でもそうはいかないのよね〜」母が愉快そうに笑う。

「最初のうちはお金も実力も伴ってなかったうちの店がここまでやって来られたのは店からわくわくが『ワクワク!ワクワク!』ってはみ出してたからよ。ここに来るとみんなワクワクするんだもの。
ワクワク!に惹き寄せられてお客さんが入って来るのよ」
私が6歳の時にオープンした小さなお店。
そのお店がぴょこぴょこ跳ねてワクワクが四方八方に元気に飛び出している様子が目に浮かんだ。
ワクワク!ワクワク!
「夢しかなかったのよ。この先どうなるかなんて全然分からなくて夢ばっかり見て、楽しかった」
母の語る思い出が、小さな病室に瞬いて父の周りを舞っていた。

「なくなったものはなくなってよかった、って思わないとね。お母さんいつもそうして来たのよ」

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