見出し画像

父記録2023/7/18【敏腕プロデューサー】

「ほらー気持ちいいでしょ、鼻の穴ふさいじゃえー!」
母が歌うように言った。
蒸しタオルで父の顔や頭や足を拭く。
「あー気持ちいい気持ちいいねー。嫌なの?どっちなの?足も拭いちゃえ〜」
「ヨガの先生がね、足首あっためるといいって」
母は頭、私は足。手分けして父の体を蒸しタオルで拭く。

昨日母と選んだ小学生時代の夏休みの写真をプリントしてボードに貼って持って来ていた。
珍しく週末にお店を休んで遊園地に行った時の写真。
父と並んでおでんを食べる私。
サングラスにパイプを咥えた父とゴーカートに乗る、ちびまるこちゃんみたいな私。
海で、父と準備体操する私。
「ともちゃんはなんでもお父さんの真似してたわね。
うちに帰って来てお父さんがパンツ一丁になると、一緒になってパンツ一丁になって。小学校三年生くらいでもよ。ともちゃんは本当に素朴なかわいーい子どもだったわね」
母が言った。
「むーむーむー」
父が呻いた。
「お父さん、ともちゃん何でもお父さんの真似したんだって。一緒にパンツ一丁になったんだって。そうだったの?」
むー。と父が答えた。
「お父さんの楽しそうな写真沢山持ってきたよー。」
「そりゃ楽しいわよ、ずっと忙しくて滅多に休めなかったんだから。店始めたばっかりで、お母さんも仕事覚えるのに必死だったのよ」

母が私を抱きしめている写真も混ぜ込んでおいた。私のお気に入りの写真。
母が私にどんな無茶を言って来てもこの写真を思い浮かべるとだいぶ許せる。そんな写真。

父の膝に恥ずかしそうに乗っている写真もあった。私はカーキ色のワンピースを着ている。
国立の老舗喫茶店、ロージナ茶房の隣にはロージナのマスターの奥様が営むオッティという子供服屋があった。(今もある)
当時からヨーロッパのインポートものだけを扱っていて、そのデザインや色や質感はシックでモダンだった。
「たまにともちゃん連れて買いに行くとロージナのマスターが来て、『この子は個性的だからこういうのがいいよ』なんて言って選んでくれたのよ」
カーキ色のワンピースもオッティで買ってもらったのを覚えている。
大人になってから見るとそのオシャレさが分かるけど、当時は
「みんなみたいにピンクやちょうちん袖が着たいなあ」って思ってた。

「そうね、子どもはみんな、みんなと同じがいいのよね。お母さんもそうだった。」
意外だった。七十を過ぎてもヒステリックグラマーばかり着ているアナーキーな母も、子どもの頃はみんなと同じが良かったのか。

古いアルバムに挟まっていたバレエ教室の発表会パンフレットを母に見せた。
私は小学校1年の時に「夜寝ないから」という理由で近くのバレエ教室に入れられた。

「友だちも出来ないし、なんか燃焼してないな、マズいなって思ったのよ。
お母さんも子どものころ内股だから、ってバレエ教室入れられて、嫌だったけど大人になって『やっててよかったな』って思ったし。
丁度近くに同級生がやってるバレエ教室があったから入れたんだけど…あんな本格的なとこじゃなくても良かったのよ」
と母が言った。

たまたま近所に母の同級生が営むバレエ教室があった為そこに通うことになったのだけれど、それはそれはスパルタな教室だった。
先生は常に竹刀を持っていて、まるで禅寺のようだった。
ピシィっと背中を叩き上げられると竹や手のひらの形に赤くなった。
昭和の体育会系らしく、レッスン中は水分補給厳禁だった。
本格的にバレエをやりたい母娘が遠くから車で通っていたりして、当時中学生だった吉田都さんも居た。
パンフレットに写る私はぼんやりもっさりして、山から出て来た子熊みたいだ。
パンフレットの後ろには吉田都さんの記事が載っていて、その隣にUNCLE TOM(STUDIO T&Yの創業時の名前)の広告もあった。



「お父さん、北海道で生きづらかったと思う。差別や偏見も今よりずっと、強かったしね。」
「お母さんと会わなかったとしても、きっとお父さんはなんかの形で成功したと思う」
ぽそり、と母が呟いた。
「朋ちゃんはね、本当に可愛かった。ちょっと浮世離れしてたかもしれないけど、案外友だちも出来て、安心したの。お母さんはね、PTAとか本当に馴染めなくて嫌だったわ」
小学生の頃、母はよく担任の先生に小言をもらっていた記憶がある。
忘れ物が多い、宿題やってこない、九九をなかなか覚えない、朝ごはんがショートケーキとは何事か、など。(担任に朝ごはんは何だった?と訊かれて意気揚々と「ショートケーキ!」って答えた)

「あっ!大変だ!」
いつのまにか面会時間終了4分前になっていた。
「じゃあねお父さん、また明日ねー!」
バタバタと病室を後にした。


母はたぶん敏腕プロデューサーである。
父も私も母にプロデュースされた気がする。

母自身は自分の人生をどう思っているんだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?