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父記録 2023/7/9 【かっこいいヒゲ】


晴れ時々雨。暑い。
今日は母はお休み。
「お父さーん。昨日ゆきおさん来てくれたでしょう?よかったねえ」
蒸しタオルで頭、顔、手、足を拭いて揉む。
「お父さーん、顔拭きますよー」
ゴロゴロ
「外は暑いよ〜」
ゴロゴロ
父はよく笑い、よく返事してくれた。
何かを一生懸命言っていたが、聴き取れない。 
「お父さん今日は沢山返事してくれてうれしいなー。でもゴロゴロがあるからよく聞き取れないんだー。痰吸引してもらう?どう?どうかなー?」
ゴロゴロゴロ
テレビでは相撲中継が流れている。
「首が凝ってますね〜。右手も凝ってますね〜お父さんの右手は頑張ったもんねえ。お疲れ様右手だね〜」
父が笑った。
とんとん。
「ご報告です〜」
看護師さんがやってきた。
「朝、目をぱちっと開けていらして。おはよう、って。痛くないですか〜って訊いたら『あ、だいじょうぶ』って。痰はね、朝はちょうどいいところに当たったのか、沢山引けたんですよ」
「お父さんよかったね〜。」
「村田さーん、もう少し痰吸引しましょうかね〜?」
キュルルルルル…ギュルギュルギュル…
お父さんがんばれがんばれ

「お父さまとはずっと仲良くていらしたんですか?」
「いえ、父は寡黙なのでそんなに沢山話したりしたことはなくて、父が介護施設に入ってから、色々仕事のこと訊いたり、昔の話を聞いたりし始めたんです。」
「そうなんですね〜まだその頃はお話が沢山出来たんですね〜。今でも、お話し出来ないだけで、よくわかっていらっしゃいますもんね」
「結構ぼんやりしてる時でも仕事の話をすると急にはっきり答えてくれたりして。でもコロナ禍の面会制限でずっと会えなくなってしまって…」
「本当に…翻弄されましたよね…」
看護師さんが染み入るように言った。
医療従事者や介護関係の方々にとって、コロナ禍の辛さは如何ほどだったろうか。
私の想像など及ばないほど、悲しく、悔しいこと、歯がゆいことが沢山あったろうと思った。
「でも、会えない間にも特養で絵を描いていたんです。職員さんもサポートしてくださったと思います。」
「そうだったんですか…村田さんは生粋のアーティストなんですねえ。素晴らしいですね。
あ、そうそう、村田さんおひげ、どうします?お写真見ると若い頃からおひげがトレードマークなのかな、と思ったので剃らずにいたんですけど」
「そうなんです!はい、ひげはそのままで」
「ですよね、じゃあちょっと揃えるだけにしましょうね。サンタさんにならない程度に。ふふふ村田さん、カッコいいですもんね」
「お父さん、カッコいいもんねー」
「じゃあごゆっくりしてくださいね〜」
看護師さんが出ていった。
心が暖かくなった。

「お父さん、みんな優しいね〜よかったね〜。看護師さんたち、お父さんの写真よく見てくれてるから、またかっこいい写真持ってきて飾ろうか」
「うん」
なんかはっきりした返事が返ってきた。
たまたまかな?
「お父さんのかっこいい写真、沢山あるからさ、また持って…」
「うん!」
食い気味の返事が返ってきた。

不意に父の目がはっきりして、こちらをまっすぐ見ていた。
なあに?と訊いてもただ、じっと私の目を見ている。
何か、伝えたいことがあるのかな。
食べられないけど少しは幸せ感じてくれてるかなあ。

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