父記録 2023/5/25


晴れ
病室に入ると父は半身を起こしていた。
開口一番
「お父さんのニコちゃんマークの原型、商品化していい?」
と訊くと父ははっきりと
「いいよ!」と答えた。
父がビームスの商品用に作ったニコちゃんマークとピースマークの原型。
原型までは作ったけど商品化に至らなかったペンダントトップ。
テレビでは長野の立てこもり事件。
「長野で立てこもり事件だって。」
と話しかけると
「うん。」と答えた。
今日の父はよく喋る。
むにゃむにゃ、んまいんまーい
その声は次第に悲しげになってゆき
あーんあーん、おーんおーんと泣いているような声と表情になって行った。
悔しそうに手をジタバタする。
「お父さんどうしたの?かなしいの?」
と訊くと
「うれしいの」
と答えた。
そうは見えないけどなあ…。

ジタバタ地団駄踏んでむずかるような仕草を繰り返す父。
私「動いちゃうの?」
父「うごいちゃうの」
私「動いちゃうの、つらい?」
父「つらくない」

何かと戦っているような、何かに抵抗しているような、何かを守ろうとしているような腕の動き、悔しそうな表情。

「動いちゃうなら踊ろうよ。お父さん若い頃踊ってたんでしょう?ともちゃんも踊るのはお父さん譲りなんだね。お父さんの踊りは…鯨…なんだっけ、闘鯨舞踏だ。一緒に踊ろう?」
話しかけながら父の手を取って踊る。
けれども父の何かと戦うような様子は続いた。何かに抗うような、悔しげ表情。腕を顔の前でクロスして。
病院の面会時間が終わろうとしていた。
父は抗うように動き、不安げな顔をしている。
私「何かいるの?」
父「あやしいやつ」
私「どこにいるの?」
父「したにいる」
うおーんうおーんと父は哭く。
「大丈夫だよ、何にもいないよ。」
と言ってから、しまった、と思う。
父にとってはそこにいるのだ。あやしい何かが。それを否定しても意味はない。

「お父さん、お父さん、大丈夫だよ。お父さんは強いから。お父さん頑張らなくてもただゆったりそこにいたらいいんだよ。お父さんがいれば怖いものは何にもないの。お父さんがゆったりここに居てくれたらみんな安心で嬉しいんだよ」
それでもうおーんうおーんと父は哭く。
ナースコールを鳴らす。
看護師さんがやって来て、父の手を優しく握ってくれた。
父がゆっくり眠れますように。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?