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「いつか、いい曲ができたらみんなを誘いたいな」――最新アルバム『初夏の日』をリリースした宅録ミュージシャン・Setter(Setter & The Teammates)インタビュー

「宅録【たく‐ろく】――《「自宅録音」の略》演奏や歌唱などを、専用のスタジオを使用せず、自宅に機材を揃えて録音すること」(デジタル大辞泉)。

静岡の実家でひとり宅録を続ける「Setter」と、彼と離れて暮らす仲間たち「The Teammates」。そんな「Setter & The Teammates」による2ndアルバム『初夏の日』が8月21日(水)にリリースされる。タイトル通り夏をイメージした本作は、アコースティック主体であった1stアルバム『Setter & The Teammates』から一転、開放的なバンドサウンドとなっている。
このアルバムの制作にはどのような背景があったのだろうか? 首謀者のSetterに迫った。(聞き手:千駄木雄大)


Interview

Setter(Setter & The Teammates)

◾️自分の好きな音楽、友達、みんなが「チームメイツ」

――Setter & The Teammatesは直訳すると「セッターとその仲間たち」ですが、2021年に6人組バンドとしてライブ活動を開始する以前、「bandcamp」や「Soundcloud」で音源を発表していた頃からの名称です。少しややこしいので、まずは名前の由来について教えてください。

Setter 東京の大学を卒業後、地元の静岡に戻ったのですが、一緒に音楽をやる友達がいなくなってしまいました。たまに東京に行ってバンドをやることも考えましたが、大学で同じサークルに所属していた友達は、それぞれのバンドで活動していたため、声をかけられません。そこから「ひとりで作ろう」と思うようになり、宅録を始めます。そして9年が経ち、今ではギターやベースの楽器演奏をはじめ、ミックスまですべて自分でこなせるようになりました。
でも「いつか、いい曲ができたらみんなを誘いたいな」と思っていたんです。
そこで、当初はSetter名義で活動していましたが、「自分の好きな音楽、友達、みんなが『チームメイツ』だ!」とこじつけて、1stアルバムを出すときにはメンバーがいないのに、Setter & The Teammatesという名前に変えました。

――メンバーはどのように集めたのでしょうか?

Setter 2019年末、サークルの特に仲のよかった友達同士が結成していたバンドが解散したため、そこに所属していたベーシストの元メンバーと今のメンバーであるギタリストの伊藤羊さん(Hamabe Key.)に「やりたいんですけど!」と、宅録した音源を聴いてもらい誘ったところ、快諾してもらえました。残りのメンバーも塚本雄司さん(Hamabe Vo,Gt)以外、大学のサークルの友達です。みんなもそれぞれのバンドが落ち着いた頃だったため、僕はイルカやシャチのように、彼らが群れからはぐれたのを狙って誘ったということです(笑)。ただ、その後、新型コロナウイルス感染症の世界的流行のため、すぐに活動休止しています。ようやくライブができたのは2021年、バンド結成から1年近くかかりましたね。

――メンバー同士で曲を作るわけではなく、ライブでSetterさんの作った曲をみんなで演奏するのですね。

Setter そのほうがケンカしないと思ったからです。曲作りに関しては僕がイニシアティブを握っていますが、ライブに関してはほかのメンバーのほうが、圧倒的に経験値があります。そのため、「こうしたほうがもっといいよね」と意見を出してくれたり、曲の原型も壊さずにアレンジしてもらったりして、僕は言われるがままです(笑)。

Setter & The Teammates(L→R:Katsuhiro Sasaki(Dr),Yuji Tsukamoto(Gt),Wakaba Murata(Ba),Misaki Takahara(Key),Setter(Vo,Gt),Yo Ito(Gt))

◾️ Elephant 6と「ハイパーイナフ大学」からの影響

――バンドを組むまでの間はひとりで作詞作曲、そして宅録をされていたわけですが、活動するにあたって影響を受けたアーティストはいますか?

Setter 特にはいませんが、オリヴィア・トレマー・コントロールなどが所属している、音楽集団・Elephant 6のバンドはどれも好きです。

――Elephant 6とはジ・アップルズ・イン・ステレオ、ニュートラル・ミルク・ホテル、エルフ・パワー、オブ・モントリオールなどが集まった、レーベルというよりも仲間同士。90年代半ばから後半にかけてアメリカのインディーズ・シーンで人気を博しました。SetterさんはElephant 6のフォロワーでもあり、ドキュメンタリー映画『Elephant 6 Recording Co.』にも出演されたんですよね。

Setter 出演は言い過ぎ(笑)。サークルでオリヴィア・トレマー・コントロールの「ハイダウェイ」をカバーしたときの動画が映画のエンドロールに使われたんです。でも、僕がトランペットを吹く見せ場の前で、映像が切られてしまいました……。確かにその後、音を外してしまったため、いい判断だったでしょう(笑)。ただ、せっかくなのでその映画のSNSアカウントに「Elephant 6に影響を受けて作った曲だから、聴いてほしい」とダイレクトメッセージを送ったところ「Elephant 6 influenced band from Japan」というコメントと共にカセットテープと配信で出していた『スロウダウン』を紹介してもらえました。

――急に送りつけたわけではなく、ジ・アップルズ・イン・ステレオが来日したときに撮影したヴォーカルのロブ・シュナイダーとのツーショット写真も添えられたんですよね。しかし、Elephant 6が共通言語になっているサークルというのも特殊です。

Setter 僕は大学生のときに、メンバーの伊藤さんから「ハイパーイナフ大学」というサイトを教えてもらって、そこでElephant 6に所属しているバンドを初めて知りました。でも、ほかにもそのサイトを見ている人もいたので、みんな好きだったのだと思います。いい塩梅でヘタウマなんですよね。

――宅録への興味もそこから?

Setter そうですね。インディーズばかりを聴いてきたため、ハイファイなものに違和感を覚えたのかもしれません。

◾️ストレートに表現すると生々しくなってしまう

――2ndアルバム「初夏の日」はCDという形でリリースされます。本作は「夏」をテーマに曲を絞ったアルバムということになります。

Setter 収録曲の中では「初夏の日」が2018年にできた曲でもっとも古く、一番新しい曲は2021年に作った「雑柑」です。つまり、アルバムの制作に4〜5年はかかったということですね。もちろん、その間に新曲も作りましたが、本作では統一感のある8曲を選びました。

――歌詞は夏らしいだけではなく、ノスタルジックな気分にもさせてくれます。

Setter 歌詞には自らの思い出、後悔、理想が反映されています。曲そのものは2000〜2010年代のバンドにインスピレーションを受けたものが多いですね。これまでのアルバムは60年代や90年代の音楽を意識しましたが、本作はそれよりも新しく、なおかつ懐かしい感じになっていると思います。

――2010年代ということは、Setterさんがまだ大学生だった頃の思い出ですか?

Setter そうですね。歌詞の中に出てくる部屋は当時、僕が住んでいた角部屋のことを指します。やっぱり、音楽の趣味が合う友達とたくさん出会えた大学は楽しかったんですよ。

――大学時代の思い出を歌っているため、アルバムを通して歌詞は大人びていますが、時に幼くも感じます。

Setter え、そうですか?

――「〜ないの」という文章の止め方や、「〜したいし」という語尾が続くところですね。

Setter それは僕のメンタルが子どもっぽいからかもしれませんが、音のノリを重視しているからでしょう。歌詞は詩になりすぎるとハマらない気がするため、あえて日本語を崩しています。例えば、僕はスピッツが好きなのですが、彼らは絶妙に「外し」が上手いんですよね。

――「コーヒー (Hakuba Ver.)」では「おとなしいベッドカバー」、「初夏の日」では「鉛色の海」など、写実的ではない詩的な表現もあります。その一方で「ドライブ」の「三島市街を逃れた」など具体的な名称もあるため、その対比も印象的です。言葉で言い表せないものは、頭にある単語をそのままつなぎ合わせるのでしょうか?

Setter ストレートに表現すると、生々しくて逆に伝わらなくなってしまいます。目の前に情景が浮かぶほど写実的だったり、反対にあいまいなことしか歌わない歌詞はオシャレだと思います。だけど、僕はそういった音楽をやりたいわけではないんですよね。それに、肩肘を張るよりも、軽い日本語の曲のほうが好きです。しかし、キザな日本語だと「臭くなる」ため、和らげるためにも口語調にしています。

◾️ギターを描き鳴らすオルタナティブ・サウンド

――なるほど。それで淡い思い出を歌っているようで、ちょっとグロテスクな雰囲気も出ているのですね。

Setter それはスピッツフォロワーとして光栄です(笑)。やはり「懐かしさ」のほうが歌詞を書きやすいですよね。そのうえで、「嫌な思い出」は記憶に残りがちです。

――歌詞を読むだけでも日本語的な美しさが際立ちますが、これはスピッツなどSetterさんが触れてきた文学作品からの影響もあるのでしょうか?

Setter スピッツの草野マサムネは石垣りんという女性詩人の作品を読んでいるということを知り、現代詩は読みました。でも、最近はあまり本自体を読めていないですね。

――むしろ、誰からも影響を受けていないからこそ、懐かしさ・グロテスク・幼さが混じり合う歌詞になったのかもしれません。

Setter 正直にいえば、メロディから先に作るため、もしかしたら歌詞はそこまで計算していないかもしれないです。歌メロを考えて、そのあとにイントロを付けて、そして歌詞を考えています。

――歌詞もそうですが、イントロやメロディも宅録だと自分が納得するまで、何度もやり直すことができます。そして、それはなかなか終わりが見えない作業でしょう。

Setter そうなんですよ。今回のアルバムに収録されている「コーヒー(Hakuba Ver.)」は、ほかにも「Atami Ver.」と「Kiyosato Ver.」があって、今年の2月に3バージョンを3日連続で配信しましたが、実はこの曲は6バージョンあるんですよ(笑)。そして、今回収録された「Hakuba Ver.」はその中から選んだ1バージョンのため、迷うときは本当に迷いますね。

――そうやって、ひとりでさまざまなバージョンを作っては捨ててを繰り返していたと思いますが、今回のアルバム収録曲では特に「微睡」のイントロが印象的でした。

Setter これはElephant 6を意識しました。ローファイになり過ぎないように、どの楽器パートもカチッとさせず、「イントロから続くギターがずっとウニョウニョしている」というのをコンセプトにしています。さらに歪ませて「録音環境が良くなくても、いい曲になるんだ」ということを証明したかったんです。ペイヴメントのファーストアルバム『スランティッド・アンド・エンチャンティッド』のような心意気ですね。

――スタジオでの録音にはない醍醐味ですよね。

Setter でも、これまで作った曲をいずれスタジオで撮るときは、全員分の楽器を爆音にして潰したい(笑)。

――それでは、今回のアルバム、マストで聴いてほしい楽曲はありますか?

Setter 「毎日のこと(Alternate Ver.)」と「雑柑」ですね。前者は『スロウダウン』にもアコースティックバージョンが収録されています。これまでのアルバムはビートルズやElephant 6のフォロワーとして曲を作っている気持ちが強かったのですが、後者で「オルタナ(ティブ)っぽいことをやりたい」と思うようになり、それを再現することができました。それに、アルバム全体を通して聴くと、後半の「夜の雰囲気」につながる曲になったと思います。

――2024年にオルタナティブ・ロックを極めるというのも、不思議な話ですね。

Setter それはメンバーの伊藤さんと塚本さんに、ジャギジャギとギターを弾いてほしかったからです。実はこの2人に「かっこいいギターを弾き倒してほしい」という気持ちで作った曲はかなりあります。

◾️「僕が好きなバンドをみんなが好きになってくれるといいな」

――今回のアルバム発売を記念した、リリースライブ『(記憶の)旅行』が2箇所で開催されます

Setter 9月21日(土)に僕の地元、静岡にあるライブバーフリーキーショウで、10月20日(日)はいつもお世話になっている下北沢THREEで演奏します。

(記憶の)旅行_静岡編
(記憶の)旅行_東京編

――9月の対バン相手はアドバルーンという、かつて佐久間正英が全面プロデュースしたことでも話題となった、静岡を中心に活動しているバンドです。静岡のライブシーンにはよく足を運ばれているのでしょうか?

Setter 私生活が忙しかったため、しばらく行けませんでした。その代わり、バーに顔を出すようになって、そこでもう一組の対バン相手のキセノンと今回は出演しませんが、herpianoのメンバーと知り合い、アドバルーンにつなげてもらいました。

――音源を聴いてからライブに足を運ぶリスナーも多いと思いますが、実際のライブではかなり音源とは違うアレンジになっているのでしょうか?

Setter いえ、今回はCDの再現性が高いですね。でも、ライブ仕様になっていますよ。ギターが風通しのいい音を聴かせてくれるでしょう。

――最後にこのアルバムを聴くリスナーにメッセージをお願いします。

Setter これまで発表した曲の中には僕が好きなElephant 6の楽曲から、露骨に拝借した部分もありました。これは世間的にはあまり知られていないバンドの引用になりますが、「僕が好きなバンドをみんなが好きになってくれるといいな」という思いがあったんです。
僕は「ピッチフォーク」で10点満点中5点を付けられたようなバンドが好きなのですが、それをひとりで楽しむのではなく、みんなにも知ってほしいんです。
「僕の曲よくない?」という思いだけではなく、「僕が好きな曲もいいよね?」という気持ちがあるんです。そして、僕の曲と僕が好きな曲、両方を好きになってもらえれば自己肯定感を高められます。そのためには、もっといい曲を作って、自らの思い出としてだけではなく、みんなの記憶に残るような存在になりたいですね。



Setter & The Teammates

プロフィール

Setter & The Teammates (セッター・アンド・ザ・チームメイツ) :
静岡在住のSetter(と離れて暮らす仲間たち)による宅録プロジェクト。
Olivia Tremor Controlをはじめとした90年代USインディーに大きく影響を受けたサウンドと時折みせる捻くれたアレンジが持ち味。
2016年頃より宅録を開始し、bandcampやSoundcloudを中心に音源を発表。
2021年より6人組バンドとしてのライブ活動を開始。

*最新アルバム『初夏の日』*

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タイトル:初夏の日
アーティスト名:Setter & The Teammates
品番:BRIR-008
リリース日: 8/21(水)
価格:¥2,200(TAX IN)
フォーマット: CD、配信
レーベル:ばら色

作詞・作曲・演奏:Setter
マスタリング:風間萌(Studio Chatri)

【Track List】
01.初夏の日
02.微睡
03.決別
04.毎日のこと (Alternate Ver.)
05.雑柑
06.9月の人 (Alternate Ver.)
07.コーヒー (Hakuba Ver.)
08.ドライブ



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