さっき恋が終わった話

先日、来店したショートカットで笑顔が素敵な女性がこんな話を始めた。

「林さん、私、さっき恋が終わったんです。

会社で好きな人がいて。よくランチも一緒に行くし、帰るとき駅まで一緒に歩くこともあったし、仕事のことが中心なんですけどよくLINEを送りあったりすることもあったし、たぶん良い感じなんじゃないかなって私、勝手に思ってたんです」

僕は彼女にカルバドスのソーダ割りを出した。

「それで昨日、会社の同僚の女性4人で飲んでたんですけど、私、おもいきってみんなに『私、渡辺さんのこと好きなんだけど、どう思う?』って言ってみたんです。

そしたらみんなが『絶対、大丈夫。告白しちゃえ!』って言うから、その場の酔った勢いで渡辺さんに【好きです】ってだけのLINEを送っちゃったんです。

その後、既読になってるのに全然、返事が戻ってこなくて。今日、会社で会ってもいつも通りの雰囲気で。あ、これなかったことになるのかなって思ってたら、さっきこんな返事が来たんです」

【お気持ち、ありがとうございます。実は僕、今度結婚する予定の女性がいるんです】

【あ、そうだったんですね。知らなかった。教えてくれたら良かったのに。あ、でも、別に会社の同僚の女性にそんなこと伝えなきゃいけない義務なんてないですよね。ごめんなさい】

【すいません。何度か言おうかなと思ったこともあったんですけど】

【ああ、大丈夫です。私、なんか昨日、酔っぱらった勢いであんなの送っちゃってごめんなさい。なんか重いですよね。忘れて下さいね】

【いえ。お気持ち嬉しいです】

【ごめんなさい。困らせてますよね。あの、困らせついでに渡辺さんにお願いがあるんですけど】

【はい。なんでしょうか?】

【今度、一回だけで良いから私とデートして下さい。お昼にどこかで待ち合わせをして、渡辺さんがいつものスーツじゃなくてジーンズとチェックのシャツなんかで来たら良いなってずっと思ってたんです】

【もちろんOKです。ジーンズとチェックのシャツも了解です(笑)。いつにしますか? 今度の日曜日とかどうでしょうか?】

【冗談です。どんな反応するかな、もっと困って変な言い訳をするかなと思って試しで言ってみただけです。でも、そんなデートなんてしてたらダメですよ。渡辺さん、優し過ぎなんです。もっと女性に冷たくした方が良いですよ。勘違いする私みたいな女、これからも出てきますよ】

【ごめんなさい】

僕が「それで、さっき恋が終わったんですね」と言うと、彼女がこう答えた。

「終わったはずなんですけどね。優しいと嫌いになれなくて困りますね」

#超短編小説

写真 迫川尚子

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