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小さい月

「今夜さ、満月だから、うちに見に来ない?」と彼女からメッセージが届いたので、僕は冷えたシャンパーニュを片手に彼女のマンションに向かった。

彼女の部屋に入って、グラスにシャンパーニュを注いでいると、彼女が隣の部屋で「お客さんだから礼儀正しくするのよ」という声が聞こえた。

なんだろうと思って待ってると、彼女がまだ小さな月を両手で持って出てきた。月の大きさはグレープフルーツくらい。まだまだ小さいんだ。

「はじめマシテ」と小さな月が言った。

「1ヶ月、うちでホームステイしているの。満月の今日が最後」と彼女。

「地球は楽しいですか?」と僕。

「はい。勉強になりマス」

「ほら、まだ小さいけど今日はちゃんと満月だし、静かの海もあるし、目をこらして見ると、小さいウサギたちが餅つきをしているのも見えるの」

「本物の月なんだ」

小さい月がちょっと恥ずかしそうにしている。

「僕もさわっていいですか?」と言うと、小さい月が僕の手の中に飛び込んできた。

「へええ、月って冷たいんだ。でも芯のほうが温かい感じもするね」

「僕たち月は、タクサンの人たちが、ツラいときや寂しいときに僕たちを見つめてくれることが仕事デス。ダカラ今は地球で愛されることを勉強してマス。月のこと好きですか?」

「好きだよ。大好きだよ。ねえ」と僕は彼女に言う。

「うん。大好き。月のことを嫌いって言っている人、まだ見たことない。たぶん、みんなが大好きだと思う。だってみんな月を見るのが好きだし、いつも月の話をしてるよ。月の歌もいっぱいあるし」

「良かったデス」

「やっぱり三日月とかにもなるの?」

「うん。すごく細くなっちゃう。新月になると、どこにいるのか見えなくなっちゃう」と彼女。

「この後は、どういう予定なんですか?」と僕。

「月の学校に戻ってもう少し勉強シテ、その後は土星の輪っかの月にナリマス。その後は色んな惑星の月をやって、最後に1番上手な人が地球の月にナリマス」

「学校で好きな女の子とかはいるの?」と僕。

小さい月が恥ずかしそうにして、「はい。イマス」

「もう、この人はすぐにそういう質問するんだから。気にしなくて良いのよ」と彼女。

「いえ。恋は僕たちは良いコトだって思ってマス」

「そっか。月は愛されるのが幸せだから。恋は良いことなんだ。その子には好きって伝えたの?」と僕。

「言ってナインデス。でも彼女の方が年上で、今頃は土星に行っちゃってるから、もうコノママ一生会えないんです」

「ええ? 好きって伝えてないの?」と彼女。

「でも、ソレデ良いかなって。僕たちはずっと遠いところから離れて見つめるのが幸せナンデス」

「月ってそうなんだね」と僕たち。

「じゃあ、そろそろ月の学校に戻ります。お世話になりました」

僕たちは小さな月を持って、マンションの下にとめてあるアポロ137号に乗り込み、月まで送って行った。

月の学校には色んな月の生徒たちがいた。みんなが愛されることを勉強中なんだ。良い学校だ。良い勉強だ。

僕と彼女は小さい月に手を振った。彼は嬉しそうに笑ってこう言った。

「ずっと僕たちのことを好きでいてクダサイね。そしてたまには空を見上げて僕たちのことを眺めてみてクダサイ!」

地球に戻り、マンションの彼女の部屋から、夜空に浮かぶ大きな満月を眺めた。

「あの月のどこかに、あの子、いるんだよね」と彼女。

「うん。たぶん今頃は久しぶりの自分の枕で安心してぐっすり寝てるんじゃないかな」と僕。

「ねえ。また来月、満月になったら、あの子に会いに行こうよ。なんか、おみやげいるかな? お団子とか」と彼女。

「月はおみやげはいらないと思うよ。たぶん、月は、『ずっと僕たちが見ているよ。いつもいつも地球から見上げているよ』っていうのが一番嬉しいんだと思う。地球にいる何十億ものみんながさ、嬉しいこともあるし、悲しいこともあるけど、色んなところから、色んな気持ちでこうやって同じ月を見上げているじゃない。それが月にとって一番嬉しいはずだと思うよ」と僕。

「そうかもしれない」

「だからさ、今夜もずっと月を眺めていようよ。ほらすごく綺麗だよ」

そう言いながら、僕たちは満月に向かって乾杯した。シャンパーニュはまだ少しだけ冷えていた。

#新しいお月見 #小説


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