誕生日の思い出

お客さまって大体、「こういう質問をする」というパターンが決まっていまして、例えば「どうしてボサノヴァのバーをやろうと思ったんですか?」とか「好きなデートってどういうのですか?」とか「普段は何を飲んでいるんですか?」とかいうのがあります。

それであらかじめ僕の方も答えを用意しているのですが、先日「今日、彼が誕生日なんですけど、林さん、誕生日で何か心に残るような思い出ってありますか?」と言われました。

うーん、それは用意していませんでした。

ちなみに彼女は「ある年の誕生日当日がちょうど海外旅行に出発する日で、時差の都合で日本と海外と2日間、誕生日を祝ったんです」ということでした。そういうの面白くて話のネタになりますよね。

それで僕は何か印象的な誕生日なかったかなと、自分の頭の中の思い出ファイルを開いて「誕生日 思い出」で検索したのですが、その検索ワードだと必ずトップに出てくるある出来事がありまして、今回はその話を書きますね。

小学校3年生の時のことでした。

近所に住んでいる同じ学年の友人が学校の帰りに「今日、誕生日パーティがあるから林も来て」と言いました。「もちろん行く行く」と答えた僕は家に帰って、彼の誕生日のプレゼントを考えました。

実はその時、ちょうど学校で「王冠」を集めるのが男子たちの間で流行っていました。

僕はそういう集める系は興味ないのですが、その彼がとにかくはまっていたんですね。

大体、王冠ってビールやコーラやファンタなんかを一通り集めてしまえばそれで打ち止めなのですが、僕の場合、父や親戚の叔父さんがいろんな場所に行くことがよくあったので、徳島ではめったに手に入らないいろんな珍しい王冠を持っていました。

常々、その彼が僕が持っている王冠を羨ましがっていたので、これをプレゼントしたら喜ぶだろうなあと思って、僕はその王冠をいくつか箱に入れて、彼の誕生日パーティに持っていきました。

そして彼の自宅につくと、小学生が乗るような自転車ではない、大きい車輪の五段変速がついた自転車が家の前にたくさん止まっていました。

そうなんです。彼は中学生までメンバーがいるある本格的な野球チームに入っていて、かなり本気で野球に取り組んでいたんです。その先輩たちも誕生日パーティに呼ばれたというわけでした。

家の中に入ると僕が知っている人は皆無でした。

みんな僕よりもずっと大きい小学校高学年や中学生たちで、真っ黒に日焼けして声変わりをしている人たちもたくさんいました。

そしてみんなが誕生日のプレゼントを彼に渡していたのですが、中学生数人で買ったバットとか、野球の硬式のボールとか、ジャイアンツの帽子とか、そんな野球関連のお金がかかっているものばかりでした。

僕はどうしよう、このまま帰ってしまおうかなと思ったのですが、その彼とも目があってたし、プレゼントを忘れたっていうのも失礼だし、おもいきって「これ、珍しい王冠」って渡しました。

すると彼はちょっと間があいた表情を見せたのですが、その場で箱を開けて「おおお! これ、珍しい! 林、ありがとう!」とすごく大げさに言ってくれました。

周りの僕が知らない野球の友人たちも、その王冠を見て「へえー」とかってあわせてくれたのですが、僕は恥ずかしくて恥ずかしくて、その後の誕生日パーティがどういう風に進行して、何を食べて飲んだのか、全く覚えていません。

そしてその時、「大人になるって、学校や家族以外の場所を複数持つことで、そしてその場所にあわせていくつか違う自分の顔を持つことなんだな」と僕は学びました。

自分の誕生日のことは全く覚えていなくて、友達の誕生日パーティのことをしっかりと覚えているのが自分らしいかなあと思っています。

#コラム

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