かぐや姫来店

満月の夜、bar bossaにかぐや姫が来店した。

僕はバラの花の香りのするゲヴェルツトラミネールを出すと、かぐや姫はため息をついてこう言った。

「あの人たちの中から誰か一人選んで結婚して地球で生活すれば良かったのかもって、たまに思うんです」

「でも、日本人女性初めての宇宙飛行士になって月に行くのがあなたの夢だったんですよね。夢がかなって良かったじゃないですか。あなたに勇気づけられた女性、たくさんいると思いますよ」

「まあ、そうですね」

「お爺さんとお婆さんも喜んでくれたんじゃないんですか?」

「お爺さんとお婆さんとは、私が月に行ってからも、LINEで繋がってたんです。あの二人、結構新しい話題のスタンプとかすぐ買っちゃうタイプで、『年金の無駄遣いはやめなさい』っていつも注意してたんですけどね」

「あ、LINEで繋がってたんですね」

「でも、この間、20年ぶりに地球に帰ってきたら、二人とも5年くらい前に亡くなってたんです」

「ということは5年間、LINEでやり取りしていた相手は二人のフリをしたロボットだったんですね」

「そうなんです。二人とも自分が病気で死にそうだっていうのを伝えたら、私が月での仕事を投げ出して帰ってくると思ったらしくて隠してたんです。私、いったい何を信じたら良いのかわからなくなって…   林さん、私、物語の中の人間じゃないんです。ちゃんと血の通った恋をしたり泣いたりする普通の女の子なんです!」

「これからどうされるんですか?」

「結婚はしないで、人工竹受精で子供を作ります」

「ということは…」

「はい。私のお母さんもそうでしたから、同じ道を選ぶというわけです。最近になって、やっとお母さんの気持ちがわかるようになったんです。お母さん、あの時代にしては結構カッコいい女だったんだって」

「竹の中から新しく生まれるかぐや姫さんの子供は、いったいどんな夢を持つんでしょうね」

「さあ。もう私になんて想像もつかない職業でしょうね。未来って意外とアッと言う間に来るものですから」

そう言うと、かぐや姫はワイングラスを満月に向けて「あの月に乾杯」と言った。

#超短編小説

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