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サーブとボルボ 『幸せなひとりぼっち』フレデリック・バックマン著 2020.5.3

早期退職に追い込まれた初老の男オーヴェ、妻に先立たれたばかり、テラスハウスが集まった団地に一人暮らし。偏屈で、団地を巡回し、いつもガミガミ、細かいところを注意してまわっています。そんな彼の、来し方と今日このごろ。

「オーヴェは五十九歳だ。
 車はサーブに乗っている。」
という書き出し。サーブは10ページに一度、いやそれ以上に登場します。

スウェーデン人のオーヴェにとって、サーブに乗っている、というのは、生き方の問題なのです。同じ「テラスハウス団地」に住み、最初は気が合い、あとで仲違いするルネはボルボ党。

「ふたりの男とその妻が引っ越してきたとき、オーヴェはサーブ96に乗り、ルネはボルボ 244に乗っていた。およそ一年後、オーヴェはサーブ95を買い、ルネはボルボ 245を買った。その三年後、オーヴェはサーブ 900を買い、そしてルネはボルボ 265を買った。つづく十年、二十年のあいだに……(中略)…ルネは車を下取りに出してボルボ760ターボに乗り替えた。

そしてある日、オーヴェが新しく発売されたサーブ 9:3を見に自動車販売店にいき、夕方に家に帰ってくると、ルネはBMWを買っていた。」

このくだりが好きです。労働者階級の車、サーブに俺は乗る。お前がボルボに乗るのはいいだろう。でもなんでBMWなんだ。ここからオーヴェはルネと絶交するのです。

「BMWだぞ! そんなことをする人間とまともな会話ができると思うか? え?」、オーヴェはその夜、妻にそうどなるるのです。

妻は他界し、ルネは多発性硬化症にかかり、口もきけない不自由な体になってしまいます。ルネの妻アニタは在宅ケアの拡充を申請するのですが、役所は無理やり施設への収容を決めます。妻が生きていたら、お互いの妻同士のコミュニケーションで知っていたのでしょうが、オーヴェには寝耳に水。役所の非情なやり口に激怒します。

「のちにアニタがほかのご近所さんに語ったところによると、あんなに怒ったオーヴェを見たのは、サーブとボルボの合併話が持ちあがった一九七七年以来のことだったそうだ。」

1977年、ヨーロッパで自動車メーカーの合併が相次ぐなか、両社経営陣は提携の検討を発表します。が、交渉わずか3ヶ月。企業文化が全くちがうと頓挫したということです。オーヴェにしたら、何考えてるんだ、と怒り心頭でしょうね。

その後、ボルボはフォードの傘下に入り、2010年には中国の浙江吉利控股集団に売却されます。一方サーブはGMの傘下に入り、社名も変更。2017年にはサーブのブランド名も消滅します。この本が書かれたのは2016年。オーヴェはそのニュースを知らずにこの世を去ったのでした。

https://www.webcg.net/articles/-/39602
「北欧からの風――ボルボ&サーブ
グローバル化の中で保ち続けた独創性」

幸せなひとりぼっち
著者 フレデリック・バックマン
著者 モニカ・ルーッコネン
翻訳 坂本あおい
ハヤカワ文庫

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