美醜について
大学生のころ、完全に友だちだと思ってた同級生に告白された。その帰りの車内で彼は嬉々として「俺さ~美人苦手なんだよね~!」と語った。てめぇが運転中でなければ殴ってたぞ。半年で別れました。ここまで余談です。
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幼少期の私は姉からかわいいかわいいと言われて育った。だから自分がブスかどうかなんて考えたことがなかったし、他人に対しても思うこともなかった。そんな調子のまま小五まで過ごし、地元のミュージカル劇団に入団した。そこで私は初めて美醜を知る。同時期に入団した同級生のAちゃんがハーフと見間違うほど海外の血が色濃くでたクォーター美女だったのだ。また、二年先に入団していた同級生のBちゃんはパッチリ二重の小顔&狸顔美人だった。Aちゃんは綺麗担当、Bちゃんはかわいい担当、私は……面白い担当だった。
さらに、クォーター美女のAちゃんは長年バレエを習っており、初めから美しく踊れた。一方クラスで一番身体がかたかった私が上手く踊れるわけもなく……初舞台、Aちゃんはメイン。私は居ても居なくてもいいような端役。ソロは愚か、本番で踊ることを許されたのは全員参加のオープニングとエンディングのみ。私は初舞台にして初挫折を味わった。今思えば、バレエという財産をもつAちゃんがメインに抜擢されるのは当然なのだが、私は私の能力の無さから目を背けるため、全てを顔のせいにした。Aちゃんは綺麗だから、出番がたくさんあるんだ。私は醜いから舞台に長く居ちゃいけないんだと。
当時所属していた劇団は本公演が二年に一度と決まっており、本番のない一年間は町起こしのために小さなイベントに出演する。そのなかで、主宰以外が演目を企画することがあったのだが、高校生のお姉さんが企画した演目に私だけが呼ばれなかった。このような団員自主企画は稽古の間のお昼休みに練習をすることになっていて、いつも一緒にお昼を食べるAちゃんもBちゃんも楽しそうに練習に参加していた。私がひとりでいるのをみて、大人は仲間にいれてって言いなよ!と励ましてくれたが、私はどうしても言えなかった。だって私は醜いから。
この辺りから、好きで始めたはずの芝居を、自身の醜さから逃避するために利用する思考になる。役の美しい顔を思い浮かべ、その仮面を付けるようなイメージで芝居をしていた。そうすれば、舞台の上では自身の醜さを気にせずに済んだ。しかしそんなやり方で上手い芝居ができるわけないんだ。今ならそう思えるけど、当時は逃避に利用してるとも気づかずに、むしろ役に入り込める良いやり方だと信じていた。
そして、決定的な事件が起きる。中学の卒業アルバムに、私だけが真顔の写真を使われた。みんな笑顔なのに。あぁ、笑った顔、ブサイクだもんな……と妙に納得した。高校に入学して早々男の子に告白をされた。当然よく知らない人だった。まずはお友だちから……とやんわり断ったつもりが、「つまりどういう関係なの?」と詰められ、少々舞い上がってた私は軽率な返事をしてしまった。次の日、クラスの子に言われた。「種乃ちゃんの卒アルの写真が、うちの中学のLINEグループに流れてるんだけど……大丈夫?」
「大丈夫?」のニュアンスから、良くない状況であると容易に察することができた。詳しく聞くと、「○○の彼女」として卒アル写真が使われているようだった。みせてくれと頼んでもみせてくれなかった。みせてくれなかったという事実が、悪口を書かれたことを私に確信させた。あの真顔の写真を貼られたんだ、絶対にブサイクだの暗いだの陰キャだの言われているに違いない。当時はとにかく死にたかった。すれ違う誰が該当の中学出身なのか見当がつかない。どうせ私以外のみんなで回し見てるんだ。あの企画に私だけが誘われなかった時みたいに。でも仕方ない。私は醜いから。醜いくせに調子にのって男の子と付き合おうなんて思ったから。醜いくせに舞台にのって大衆に顔を晒してるから。全部身の丈に合わないんだ。この世界の全てが私には届かないんだ。だって醜いから。
ここまで書いて、よくもまあ芝居を続けられたもんだナァ!と思う。私が芝居を続けていくために、醜さというのはどうしても乗り越えなければならない壁になった。もちろん、自身を醜いと思ったまま芝居を続けられる人もいるだろう。だけど私は無理だった。不特定多数に顔写真を晒されたときに感じた恐怖を、舞台でも感じるようになってしまったから。仮面を被った気になっても、役に完全に入り込んだとしても、肉体はどう足掻いても私なのだ。それがどうしようもなく悲しくて辛かった。しかしそれでも私は芝居が好きだった。学校での居場所は入学早々に潰え、当時家に居づらかった私にとって芝居しか拠り所がなかった。醜いから、醜いなりに努力した。もっと上手くならなきゃ、唯一残されたこの場所さえもなくなってしまう。今思うと全く唯一でもなんでもないのだが、思い込みが激しい性格だったためどんどん芝居にのめり込んだ。普通ならバッドエンドに向かいそうな思い込みだが、結果芝居が続けられたので良かったと思う(本当に良かったか?)。毎日舞台の映像をみて、少しでも取り入れられるものはないか研究して、固い身体を変えるために柔軟をして、二段ベッドを利用してバーレッスンモドキをしてみたりとにかくいろいろした。それら全て努力のようで醜さからのただの逃避であったが、良い実を結んだ。本公演で、メインの役に抜擢されたのだ。南国のお姫様の役。これが受験前の最後の舞台だった。
結果だけ書くと、私は醜さの呪縛を克服することはできなかった。相変わらず美しい仮面をつくって、思い込むことで演技をした。ただ、薄々だけど、このやり方、あんまり良くないんじゃ……?という気付きを得た。そりゃそう。それから単純に役者としての自信がついた。友だちが少なかった私は集客力が乏しかったので、いつも抱えきれないほどたくさんの花束を持ち帰るAちゃんやBちゃんを横目に、親からもらった花束ひとつだけを隠すようにして帰っていた。親から貰えるだけでもめちゃくちゃ恵まれている事だけど、思春期の私にはそれが恥ずかしかった。そんな私が、初めて知らない人から花束をもらった。初日を観劇したようで、千秋楽に花束を届けてくださった。醜くても、続けても良いんだと当時思った記憶がある。舞台で人にみられることは怖い。すごく怖い。だけど、舞台に立つ免罪符を持っているよと教えてもらえたような気がした。それがたまらなく嬉しかった。
こんな長々書くつもりなかったのに長くなっちゃったなー!大学生になってからなんやかんやあり、クソメンヘラムーブを発動しまくって自殺未遂して、それで死にかけて死ねなくてを繰り返すことに疲れたというか飽きたというか諦めがついたというか、この肉体で生きていくことにしたわけです。本来なら、美醜に苦しめられた私がどのようにそれを克服したか、その克服パートを長く書くべきなのだが、やったことといえば自己肯定感の思い込みくらいで、そこから少しずつ顔に関しても肯定的になれたとしか言いようがない。なんの役にもたたん自分語りノートでごめんなー!こうやって改めて書き起こすと、思い込みが激しい性格のせいで美醜に苦しめられたのに、思い込みやすい性格のおかげで救われてて面白いな!思い込みのせいで自分の顔を大学生になるまで理解してなかった(鏡を見るたびに別の人にみえてたし、写真をみても知らないブスが写ってるようにしかみえなかった)が、今は鏡をみれば美しいとは思わずとも、ああ私ってこういう顔だよな~と認識できる程度にはなった。そのおかげで、舞台上でその時の感情を正しく表情に出せるようになったと思う。あと写真撮られるときの表情づくりがしやすくなった。そんなこんなで、私は醜さの呪縛を克服できたと思っている。
いやなんていうか、改めて、よく芝居つづけられたな。企画に自分だけ誘われなかったのに劇団を居場所と思えた理由は全くわからない。舞台に立つことを恐怖だと感じたのに、そのときにやめなかった理由もわからない。こういう説明のつかないことに、運命だとか陳腐な表現を使うことを許可してもらえるだろうか。まあ、とにかく好きだったんです。芝居が。今も。どうしようもないなと思います。この話はこれでおしまい。
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