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ZEAL 250cc

まだ、眠いのか、頭の中がボーッとしたままカバーを外し、エンジンをかける。
まだ回っていないエンジンの音が朝の出発の合図。この音で目覚める。

今日はやけに寒いなぁ。手がかじかんでる。悴んでる。リュックと背中の間の身体の温かさを感じながら、手袋をしヘルメットをかぶる。
高校時代、つっぱりとか暴走族とかのイメージがあってバイクというものには縁がないと思っていた。
とは言っても、悪びれた雰囲気に憧れる気持ちもわからなくはなかった。

高校を卒業してから、初めて彼氏が出来た。400ccのバイクに乗っていた。後ろに乗せてもらって走る時は何故だか心が高鳴った。
いつかひとりでバイクに乗ってどこかに行きたいと思っていた。何故か1人で。

会社から歩いて10分のところに今の家がある。バイクで行くと3分で会社に着いてしまう。乗るには短すぎる。最近は仕事が忙しくて休みがほとんどないから、バイクにも乗れなくてその短すぎる通勤に使っているというわけだ。

背が低いので、250ccの小さめバイクでもしがみついてる風に見えるらしく会社の人には「バイクにしがみつく猿」と言われる。

バイクの免許は30歳になるのを機に取得。まだまだ、初心者。

仕事はと言うと、今の会社に入って8年、中堅どころ。住宅メーカーの設計部。設計と建設を繋ぐ建物の申請とか許可とか融資とか全て引き受けてる管理課に所属。最近は何かと責任がかかってくる。上の人が他部署から来てる為、仕事の内容がわかってないから全て1人で判断し、報告のみだ。部下は良くやってくれてるし、心強い。

その日、朝一番で営業マンが隣にいる上司に怒りながら
「宅地開発の申請が中々下りないのは、どうしてなんですか?ちゃんと仕事してるんですか?」
といった具合に訴えていた。

それは、自分に向けられた不満と受け止めた。

その仕事のために先週も先々週も休み返上で役所に行っていた。図面も訂正が多く時間がかかっている。

会社は平日休み、役所は平日しかやってない。仕方がないのだ。
こっちだって中々下りなくて苦労してた。
そんな事言われる筋合いない。
腹が立っていた。
しかし、営業マンが訴えているのは上司で自分ではない。

悔しかった。言い返したかった。

わかってもらおうなんて、他人に対しては思った事なかった。

優秀な姉はいつも比較対象だった。何故比べるのかと悲しい思いがあり、小さな頃から自分は自分と思い募らせてきた。

だから、言い返さなかった。

その日、午後から車で役所に向かった。ラジオのリクエストでロックがかかり、大音量にした途端、涙が溢れてきた。頭が真っ白になった。

その瞬間、バイクにキーを差し込んで、エンジンをかけたあの音が聞こえてきた。スッと気持ちが落ち着いて、頭の中がクッキリと鮮明になり気持ちが切り替わった。

仕事に没頭する為の集中力がみなぎってくる。もう大丈夫と心の声が聞こえた。

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