「石動画論争」考

「奇妙な動きを見せる石動画論争」で私が興味深かったのは、触った派からは「わざとだ!」「不正だ!」「監視しろ!」みたいな、かなり断定的な見解が多く、触ってない派からは「彼らがするわけない!」「信じたい!」「カーリング精神だ!」といったある意味情緒的な反論が結構見られた点だった。

日本の(しかもよく知っている)チームが論議の対象になったので、自分は客観的に見ることはできていないと自覚するけれど、このような事象は本来「信じるか信じないか」ではなく、単純に「触ったか触っていないか」だけが核心的に重要なはずである。

もっとも、それは動画からは確定できない。いや、実際その場で見ていたとしても確定はし難いだろう。
主張的には対立する両者ではあるが、共に潜在的にそのことを認識しているからこそ「信じる信じない」の話になっていると言えるのだろうか?

異変は明白、という観点もあるだろうが、光学ズームによる錯視という見解も示されている。それら要素を考慮しても何かが起きたのでは?という意見もあろう。
画像処理を用いて推定を試みる人もおり、科学的なアプローチとして歓迎するが、画角や画質の制限があるからはっきりした結論は出ないだろう。

現状どの立場にも立ちようがないのだが(そもそも自分が関わらないゲームでいずれかに立つ権利も無いと思うのだが)、長年プレーしている人間として、かなり確かに言えることが3つあるので列挙したい。

ひとつめ「ワザとだ!」と断定している人に対して言いたいのだが「ワザと石に触れて軌道や速さを調整するのはむちゃくちゃ難しい」ということだ。
たまに、プレーしない人や経験の少ない人に「バレないように石に触れて軌道を調整するのはどうか?」と聞かれることがある。

私は「不可能とまでは言わないが、ほぼ確実にバレて取り除かれる。技術的にはかなり難しい。だからその練習に時間を割く奴はいない。」と答えている。(道徳的な回答ではなくすみません)

セレモニーストーンをボタンドローするとき、おふざけで石に触れて「調整」するのを見ることがあるが、あれくらい露骨にやらないと、まず目標は達成できない。しかも一か八かのギャンブルだ。そして動画が指摘する場面はそのリスクを冒すような状況には到底見えなかった。

ふたつめは「触れば本人が気づく!」「対戦相手も触ったと言ってない!だから絶対タッチしていない!」と主張する人に対してなのだが「石に触れたことを本人(や周囲)が認識しないことはある」ということだ。
経験上、ごく軽い接触であれば本人が自覚しない場合も割とあると言わざるを得ない。

ごく軽い接触であっても石の軌道が明らかに変わるときが多いが、変わったかどうか判別できない場合もあると一応想定される。後者は「神の領域」なのでここでは論じないが、前者は厄介だ。本人以外はタッチストーンがあったと見るが、当の本人に自覚や悪意は無い。これでトラブることがたまにある。

みっつめは「選手を信じるべき!」「カーリング精神だ!」という人に対してなのだが、「反則を自覚しているが、自己申告しないカーラーはいる」ということだ。

大変残念なことだが現実である。20年以上いろいろなレベルでプレーしているが経験上、このように言わざるを得ない。

だからこそ「そういうのは良くないからやめよーぜ!」と事あるごとに強調するし、自分にも言い聞かせている。道徳の教科書などで「ドッジボールで当たった当たってない」などをテーマに、しばしば取り上げられる例である。人類永遠のテーマなのだ。カーリング界は解脱しました!なんてことは全くない。

漫画だったら主人公は反則を自主申告する。通常2回戦で対戦する、ラフプレーを特色とするチームはしない。だが、主人公のフェアプレーを見て改心する。甘い認識かもしれないが、そういう具合にしていくしかないと思っている。(3回戦はデータ重視のチームをコンピュータの計算を上回るパワーで撃破)

現状、わが競技は列挙した事象に対して客観的な判定をする枠組みを設けていない。野球やサッカーのような審判制度を採用していない。これが良いのか悪いのかはなんとも言えない。なぜなら野球やサッカーのような審判制度は審判員(や補助機器)が確認した事象に限り、客観的(いずれのチームの立場にも属さない立場という定義に過ぎないが)な判定を行うものであって、全てのプレーを対象とするわけではないからだ。だから両者に精度の差があるとしても程度問題に過ぎない。誰が、どこまでのコストをかけてチェックするのかがそれを決めるだろう。

カーリングは不完全な人間同士がプレーする競技で、だからこその面白さがある。
イエスは罪を犯していない者だけが石を投げよと言ったがカーリングストーンはその例に当てはまらない。
過而不改、是謂過矣、過ちに気づいた時点で躊躇なく改める、ということを文明的なやり方としておすすめしたい。

(2023年9月21日に投稿)

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