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自分を愛すると決めた日

「メンヘラやん、ほんまウザいわ。」
今まで言われて一番ショックだった言葉。
1年半前まで付き合っていた元恋人の言葉だ。
考えてみれば彼も大概なもので、
私からすれば典型的なモラハラDV男だった。
(相性もあるので、彼を全否定はできないが。)

私は当時、仕事がすごく辛かった。
別の記事で書いた私の「地雷ストレス」の
ひとつでもある、小娘にあたりのキツい
お局タイプのお客さんを担当していたのが
大きいと思う。
おまけにコロナ真っ只中で
大好きな旅行も行けなければ、
東北の実家にも帰れない。
友達もみんな自粛を徹底していて、
会えるのは“理解者”とは程遠い彼だけだった。

孤独が苦手な私にとっては
彼がいてくれただけでもありがたかった。
しかし今まで経験したことのないストレスから
週末休みの日は昼間まで寝てしまい、
泊まりに来ていた(というか帰るのが面倒だったらしくほぼ毎日家にいた)彼が
「ほんま俺の休日無駄にしやがって。」
と激怒したことが何回かあった。

理解できない程怒っているので、その度に
自分は疲れすぎると20時間くらいは
平気で寝てしまうことや、
たまに眠れなくなって睡眠導入剤を飲むことを
説明した。

そんなことが何回か続いた際、
冒頭の言葉を言われた。
自分でもびっくりするほど泣いてしまった私を見た彼が、鬼の首を取ったかのように
「ほらほら、ほんまメンヘラ。頭おかしいわあ。」
などとたたみかけてきた。
息ができないほど号泣した。

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それからもなぜかしばらく一緒にいたのだが、
限界を感じた瞬間がやってきた。
24歳の誕生日に、お腹を蹴り飛ばされて
その反動で頭を打った時だ。
間違いなく、人生で一番悲しい誕生日だった。

彼の目を盗んで姉に全てLINEで話した。
彼が平日も私の家に居座って
出て行ってくれないこと、
身体的暴力を振るうことなども伝えると、
なんと姉が押しかけてきてくれた。
姉が追い出す形で、彼とは別れることになった。

それから何日か姉が泊まってくれたので、
一緒に過ごした。

メンヘラと言われたことが
どんな暴力よりも罵倒よりも
一番嫌だったと言った時、姉が重い口を開いた。
「....でもね、それを聞いた時、本当は私も
 “あー、ついに気づいちゃったか”
 って思ったんだよね。
 確かに、らぶちは感情の起伏が激しいし
 精神科に薬貰いに行ってるし
 そう言われても仕方ない要素が
 いっぱいあるからさ。」

結構な衝撃だった。
自分でも薄々気づいていたのだが、
自分のそういう一面から目を背けてきた。
メンヘラという言葉がそもそも嫌いだったし、
「自称メンヘラ」のかまってちゃん女子も
かなり苦手だった。
同じ人種に分類されたくないという
プライドがあったのだと思う。

それまで家族と彼以外に、
精神科に通院している話をした人はいなかった。
でも、もしかしたら友達も皆
私の喜怒哀楽の激しさを見て、心の内では
メンヘラだって思っていたかもしれない。
みんな優しいから言わないだけだったかもしれない。
そう思って怖くなったりもした。

そして、自分を破茶滅茶に傷つけようとする彼と
1年以上も付き合っていたことを異常だと思った。
彼の態度や暴言を受け流すでもなく、
お互いに相応しくない人間だと割り切りもせず、
一言一句彼の言葉を鵜呑みにして
本当にショックを受けていた自分は
相当自己肯定感が低いのでは?と思い始めた。

2020年9月半ば。
私は、自己肯定感を底上げして
メンヘラを治そうと決意した。
とにかく今後は二度と同じように傷つきたくないと思ったし、傷つく必要もないと思った。
そのためには、自分を好きになる必要があった。

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1年半の奮闘記は長すぎるので
また別途記事にしたいのだが、
結果から言えば私のメンヘラは治っていない。

というよりも、治す必要がないと気づいた。
これは決して、自分を正当化したいから
そう言っているのではない。

確かに、誰かに迷惑をかけたり
傷つけてしまうタイプの場合は
伝え方のトレーニングなどをする必要がある。
そうしないと、ひとりぼっちの寂しい人生を
送ることになる可能性が高いからだ。

そうでない限りは、本人が生きやすい範囲で
“個性”に留めて良いはずだ。
別にヨーロッパなどに行けば、
自分の情緒の不安定さは普通だと
色々な人との交流の中で気づいた。

信頼できる友達ともたくさん対話した。
自分の治したいと思ったところや
考え方のクセを話して、
前よりもずっと本心をさらけ出せるようになった。
けれどみんな、私の感受性が豊かで愛情深いところがスキなんだ、と言ってくれる。
自分がメンヘラじゃなくて
もっと人との距離を置く人だったら
ここまでいい友達はできなかった気がする。

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ただ確実に言えることは、
24歳の誕生日を迎えた時の自分よりも
今の私は、確実に自分のことを受け入れて、
ずっとずっと好きになっているということ。

それは自分を見つめ直して、考えて、
足掻いた私の努力と
遅めの自分探しを手伝ってくれた
家族や友人のおかげだ。

しかしきっかけを与えてくれたのは、
他でもない元彼の暴言だ。
メンヘラと呼称されたからこそ、私は
「変わりたい」と強く思った。

私が心を立て直して、より豊かな人生を送るために動いたことは、多分彼の予想に反していると思う。
本当に本当に傷付けられたけど、
彼と出会って、深い関係になって良かったと
今の私は心から思っている。
大体の物事はきっと、捉え方次第なのだ。

これから気が向いた時にnoteで
私が試した自分を好きになる方法や
気楽に生きるための考え方を書いて
傷ついた優しい人たちの何かになれればな、
と思っている。

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