何故事業性評価はメジャーにならないのか

当記事の主旨

 なんだかんだ話題になりながら直接は関わることがなかった「事業性評価」。一時話題になったかと思いきや、その後あまり広がったりメジャーになった様子もなく、一体何なんだ。と思っていた所丁度良い本があり買ってみた。

今回は新品で身銭を切ってみたのでこの本を読み解きながら事業性評価とはいったい何なのか。そして何故あまり流行っていなさそうかを考えていきたい

冒頭に本書の内容から想定される事実関係を以下サマっておく

・事業性評価とは恐らく通常の財務評価に加えて、所謂非財務項目を膨らませて、若干のマーケティング要素を付加したもの
・専門性の欠如により内容を殆ど定式・定量化できていなかった結果、単なる穴埋めペーパーの作成作業になり、結果融資判断に有意な影響を与えるに至らなかった
・同じく専門性が欠如した状態ではまともな本業支援ができず、付加価値が無いので流行らなかったのではないか

当noteでは上記内容をまとめた上で、事業性評価について評価、最後にではどうすれば良かったのかを書いてみたいと思う。


導入と「事業性評価項目」の概要

本書は453ページと分厚いのだが、内容としては「スキル」「事業性評価」「本業支援」の3部構成になっている。冒頭の「スキル」については正直精神論に毛が生えた程度のもので、著者の経験と感想をまとまりなくひたすら羅列した元支店長のおじいちゃんが書いたのだなという内容。もし過去を振り返ったものに何かラベル付けをするならこうなるかもしれないが、更の状態でこれを見て学ぶものは特にないと思われる為、ここはこれ以上特にコメントしない。

さて「事業性評価」はこれが全体の過半を占めるこの本のメインコンテンツであるが、その内容は例えば「ビジネスモデル」とか「経営理念」「営業力」みたいな約20の項目を何の優先度や定量基準もなくひたすら羅列したもので、徹底的に図表や概念図がなく文字の塊が200ページにわたって続いている。20項目の内容を搔い摘めばには世間一般にマーケティングと呼ばれるものを薄めた何かと非財務の記載項目をまとめた物である。

特徴的なのが各項目の相関/関連性みたいなものが殆どどこにもなく、各項目が独立して浮いてしまっている点にある。当たり前だが、これらはその関係性を一体として捉えて実態を明らかにしなければ本書でもよく言う所の実態を明らかにすることにはならない所これ如何にという感じ。

思うに、これは恐らく実際に使っている稟議添付資料の穴埋めシートの項目をそのまま引っ張ってきたものではないか。推測だがこれは現場では穴が埋まっているかしか見ていない。例えば20項目の内関係のない10を捨てた上で残りの10項目にフォーカスして詳述し、その繋がりから業務実態を詳らかにしたA案と、とりあえず全部埋めて文字数を盛ったB案があれば、「空欄を埋めなさい!」と言ってB案を優先して評価している。為の仕事の究極系みたいな物である。

項目羅列穴埋めペーパーによる事業性評価

何故こうなるか。推測だが恐らくは花屋からITベンダーまでこの世に存在する森羅万象全ての業種について、1つの書式を使って評価をしようとした結果ではないか。先述の20弱の事業性評価項目の中には例えば「研究開発力」だとか「知的財産」みたいな項目が入っているが、当然の事ながらこんなものは全業種の中のごく一部でしか関係がない一方で、業種によっては他の全てを圧倒するほど優先しなければならない大項目である。ここではその様な20の項目全てを全業種に対して並列に並べて何かをしようとした結果、関連性も重要度もロジックも一切ない文字の羅列で終わっており、当たり前の事だがこれでは何の意味も無い。

仮に本当に事業として成立する付加価値を目指すのであれば、業種別審査辞典よろしく業態毎に詳しく内容を分けて作り込まないと意味がない。全く別の内容を1つの枠組みに当てはめる事はできないので、本来的には適正にやるのであれば、ある程度カテゴライズされた各商流について、それぞれに合わせた評価体系を作り、その中で業態毎に必要十分な最低限度の項目を抜いてきて、明確な相関関係の中でバリューチェーンの各ポイントを評価する必要があったのではないか。何故こんな内容になってしまったのか。

恐怖の素人マーケ

記事の途中で突然だが一つ記事をご紹介する

この記事の要点は以下の一文。
「8カ月前に銀行から「今の売上と経費のバランスでは利益が出ないから、全体の価格を2割上げるといい。そうすれば利益が出る」と言われて実行したそうですそこから客数が減り、そろそろ危険だということでした。

コンサルに入ったのが飲食の事業経験が確実にある人間であればこんなバカなことはさせなかっただろう。しかし四則演算以上何のロジックも無いキッチンに立ったことすらない解像度最低のアホなExcelを作る素人にマーケティングを任せてみたら倒産してしまったという事例である。恐らくは本書で語る所の「事業性評価」はこれと同じことを全業種に対して地で行こうとしている。

仮に飲食の人間が飲食について事業性評価をするとした時に、ここで挙げられた20前後の項目に従ってする可能性があるか。答えは限りなくゼロに近い。恐らくは遥かに実効性があり有益で当社の将来を占う事ができる専用のお作法が存在する。著者はその様な物を作成する能力が無かったが故に、各事業個別の中身がよくわからない中で無理やり全てを語ろうとしてひり出したのがこの20項目ということだと思われる。端的に言えば専門性が無い素人の仕事ということだ

マーケティングの本来のパワーと事業性評価の現実

マーケティングとは、本来的には事業を左右するパワーのある領域であり、現にビジネスの世界ではそれに基づいて今日も大金が飛び交い、その巧拙によって勝ち負けが左右されている。よって企業の未来を占うのにこれを用いる事は本来正しく、審査の世界にマーケティングの概念を持ち込むこと自体は方向性としては全く正しい。しかしマーケティングが適正に機能する為の絶対条件は専門性である。素人のマーケティングが百害あって一利ないことは先述の通り。

では専門性を欠く状態でマーケティング(の様な何か)を試みた「事業性評価」は融資の実務を何か変える事があったか。本書「事業性評価」の最終章では「事業性評価は融資を変えるか」という問いを立てて歯にレタスが挟まった様な事を色々書いているのだが、結論は「担保・保証依存の融資を変える事はできない」ということであり、ここから読み取れるのは実態としては事業性評価なるものは融資業務という枠組みの中さえも有意に変えることができなかったという事である様に思う

ビジネスマッチングだけの本業支援

マーケティングの真価が何処にあるかと問われればそれは間違いなく計画ではなく実行にある。社の業績をより良くする為の手管を具体的に示して実現する事で金が湧いてくる、という訳だが、まともなマーケというのはタダではない。金と時間がかかる。業界知識と戦略知識を持ち合わせた人間が貼り付きで実行の手立てまで立てることに価値があるのであって、それは安くても数百万から、基本的には千万、あるいはそれ以上のロットになる。要は現実的にはハイコスト/ハイリターンを実現することでしかワークできない

だから数を打つという類のものではなく、打ち込めば最低でも千万ロットの改善効果が見込める場所に、きちんとした物を満を持して打ち込まなければ意味がない。何が言いたいかというと、本業支援の方で千万からの改善効果が出せて初めてマーケティングとしては機能するので、それを実現する手管があるかどうかという所に力点がある。

では、本書が語る所の本業支援の内容を見てみよう。ご丁寧にこれはP409にて一覧にしてある。


流石に具体的な一覧を転記してくることは避けるが、驚く程大量の"""""ビジネスマッチング""""が並んでいる。(というか殆どそれしかなく、数えたら16個ある)他に僅かに隙間を埋めているのがコンサルや制度、人財の紹介とか融資しかなくまぁお察し。20項目も雁首揃えて事業性を審査してみたが、それを踏まえて出来ることがビジネスマッチングしかないのである。そう。本業支援の方の手管が実質ほぼ無いのだ。

これは本書の全体構成からも明らかで「本業支援」に割かれているページ数が80ページと全体の1/5にも足りない。しかもその殆どが前提勢力段取りみたいな話で、結局具体的な支援の内容はP409からの(ほぼビジネスマッチングの)一覧で終わってしまうのだ。これでは金をかける類いのマーケティングは成立しえないだろう。

本書のまとめと評価

ここまでの内容をまとめると以下の様なことと思われる。

事業性評価とは非財務項目にマーケティングの要素を付加することで将来予測を試みたものであるが、個別具体的に専門性をもって設計すべき所、実際にはあらゆる業種に対して素人の状態で構築を試みたことで、殆ど付加価値のない形式的な穴埋めペーパーの作成で終わってしまった。結果的に融資判断すら有意な影響を与えず、また本業の内容が分からない為にビジネスマッチング以外何の支援も実現できず、ほぼ為の仕事として終わった。

ではこのことをどう評価すれば良いのか。
まず入口で著者が当初目指した方向性自体は正しい。過去の財務だけに頼る与信評価は限界があり、ごく低リスクの保全確保した後の融資にしか対応できない。そこを将来性志向のマーケティングを持ち込むというベクトルは合っている。

しかし、マーケティングとは本業の従業員以上の専門性を確保して初めてなしえるものであって付け焼刃の表面的な知識で行えば火傷では済まない。この著者はそこに正面から向き合うのではなく、形式的なペーパーの作成に逃げてしまい、結果できたのは誰の何の行動にも影響を与える事のない箪笥の肥やしだった。また素人には「ビジネスマッチング」以上の本業支援を思いつくこともできなかった。

この取り組みが目指すべきだった方向性

入り口では各業界の専門性を上げるしかなかった。全体的な総論ではなく、例えば運送業、石化成品製造、小売、飲食、清掃…各業種を徹底的に学んでまずは知る事しかなかった。机上の調査とトレンドの追跡と、何より出向等を通じて現場にも出向く、そういうことを通じてまずは各業種のプロになるしかなかった。解像度を上げる、そこに何があって、誰がいて、何をどんな風にして金がどう流れているか、箸の上げ下げまでの解像度で知る必要があった。

物理的な制約により現実的には全ての業種に対してプロとなる事はできない。実効性のあるものにしようとするのであれば、実際に担当したりなんとなれば出向して現場を見る事も含めて一つの業態を理解するのに軽く数年はかかると思われるし、それも踏まえると一人の人間に可能なのは近接する業態を2~3領域程度カバーする、というのが実質的な守備範囲になろうかと思う。これは基本的には狭く深い領域での勝負で本書が試みた広く浅いアプローチに対しては真逆を行く必要があった。

実際のマーケティングの内容は各業態に深く特化・フォーカスし、客観性を重視しつつ時間とコストをかけて実践される必要があった。必要な項目について必要なDDを実施し、業務のAs-Isの実態を浮かび上がらせ、目指すべきTo-Beとの差異を認識、障壁と具体的な打ち手、リスクに基づいて実現可能な施策を比較検討しなければならない。そしてそれを実行させる為の人手を介した強力な支援施策が必要であった。

支援策の内容として浮かぶのは基本的には戦略の点検、修正とそれに基づく実行支援、これも実際に人を派遣・出向させて徹底して実際にキャッシュが出る水準の支援を実施しなければならなかった。そしてそれは大変なコストを伴うものであるから、それでペイできる改善余地がある先に絞って実行され、また当該コストを回収するには現実的には資本施策による他ない様に思う。

要は限られた先に対して徹底して狭く深く実践するなら有意になり得たものを、むしろ徹底して浅く広くバラまこうとした為に、結果毒にも薬にもなれない紙を作るだけの為の仕事になってしまったのではないか。個人的には大資本の銀行が入口はこれを主導することは有意義と思われ、この取り組みがここで終わるのは勿体ないなとは思う。


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