さくらタルト
「なに、最近様子がおかしいんだって?お前のかぁちゃんが心配してたぞ?」
「なんだよ急にびっくりし…あおい、か。なに、うちのおふくろ、お前に何か言ったのか?」
「ナニかもなにも…近頃は少食だし、やたらとため息はつくしで、何か悩みでもあるんじゃないか、って。心配してたよ。はると、お前もいい歳なんだから、あんまりお袋さんに心配かけるなよ。」
「偉そうに…いい歳って、俺たちまだ25だぞ?」
「そう。もう25だよ。そろそろ親を安心させてもいいんじゃないの?」
「安心て…んまぁ、なぁ」
「あれ?なんだ、意外な反応…お前、もしかして様子がおかしいのって…できたのか?彼女!」
「…いや、出来てないよ。出来てないんだけどさ…好きな子なら…」
「おいおい、そういう事かよ。好きな子ができたンなら、コクるなりナンなりしたらいいじゃないか。相変わらずだなぁ。で、どんな人?」
「…」
「なんだよ。秘密にしておきたいわけ?それならそれでも良いけどさ。でも、どんな人かぐらい教えてくれてもいいじゃないか。友達だろ?幼馴染だろ?親友だろ?ん?」
「暑苦しいな。そうじゃないんだよ。秘密にしたいんじゃなくて…よく知らないんだわ。」
「は?どゆこと?よく知らない人に惚れたわけ?一目惚れってやつ?」
「んーまぁ…会ったことは無いんだわ。映像でしか」
「映像でしかって…え?もしかしてYouTuber?芸能人?」
「…さくらちゃん」
「…さくらちゃん?さくらちゃんってあの、アイドルのさくらちゃん?」
「…うん」
「うん、ってお前、25にもなってアイドルに惚れたわけ?あー、あれか。『推し』っていうやつ?」
「いや、確かに『推し』ではあるけど…俺は本気だ」
「本気って…だって、お前は実家がケーキ屋ってだけで、フツーのサラリーマン。俺もフツーのサラリーマン。相手は芸能人。どうしようも無くないか?」
「だから飯も食えないし、ため息もでるんじゃないか」
「…それな。とりあえず、握手会にでも行ってみる?」
「ああいうのは苦手で、行ったことが無いんだが…お前、一緒に行ってくれるか?」
「いや構わんけど…そんな根性で大丈夫かよ」
◇◇◇
「さすがトップアイドル、すごい行列だな。はると、顔が真っ青だぞ。」
「はぁ…緊張する…散々並んで、会えるのは1分くらいだろうなぁ」
「そんな感じだろな。俺は別に、さくらちゃんには興味はないから、はるとの前に並んで、アピールしておいてやるよ。」
「いや、ついて来てくれただけもありがたいよ。これ以上の気遣いは…」
「いいからいいから」
◇◇◇
「はい、次の方!どうぞ!」
「あおいのやつ、きっちり持ち時間使いきってたな。興味がないとか言って、意外と…っと、いよいよ俺の番か…」
「ねぇ。本気なの?」
「え?あ、あの、はじめまして。はるとって言います。会えて光栄です。あの…」
「知ってるわ。あなたの前の人、自分の名前も言わずに、貴方のことを猛アピールしていったわ。握手もせず、ずーっと、あなたが如何にいい奴かを。そして…」
「そして?」
「付き合うにはどうしたらいいか、条件を出してくれって。あいつなら、どんな無茶でもやるからって」
「え…あいつが、そんな…」
「で?本気なの?冗談なの?もう時間無いわよ。こんな握手会初めてだわ。」
「…本気です」
「え?」
「本気です。あなたと付き合えるなら、何でもやります。条件を聞かせて下さい!」
「ふーん…じゃあ…1億。」
「え?」
「来年。一年後の握手会で、1億円持ってきて。そしたら、考えてあげる」
「1億…一年で?」
「そう。私の為に1億円用意してくれたら、付き合ってあげるわ。ただし、誰かから借りたり、ギャンブルとかはダメ。必ず自力で用意して」
「…わかった。約束だからね」
「私に二言はないわ。さぁ、時間だから出て行って…って、ダッシュで行っちゃった…」
「さくらちゃん、ダメですよあんな約束しちゃ。本当に1億円もってきたらどうするんですか!」
「マネージャー、一年で1億なんて、私でも無理よ。持ってこられるわけがないわ。それに、彼の実家はケーキ屋だって。引退してケーキ屋の奥さんなんて、良いじゃない」
「勘弁してくださいよ、さくらちゃん…」
◇◇◇
「おい、はると、ニュース見たか?さくらちゃん…」
「あぁ」
「あぁってお前、どこかのIT社長と熱愛発覚だぞ?!1億円くれたら付き合ってやるとか言っておいて…まぁ、冗談だよなぁ、やっぱり」
「…冗談かどうか、まだ判らないだろ?」
「判らなくないだろ。お前に1憶円作れとか言っておいて、向こうは金持ち社長と…って、お前何してんの?」
「…よし、おい、ちょっと味見してくれよ。」
「なに…お?!花びらの形の…ケーキか?」
「うん。うちの新作として売り出そうと思って。握手会の後、すぐに会社を辞めて、この半年間、菓子作りの勉強をしていたんだよ。ようやく親父からOKが出たからさ、ずっと研究していたんだ。味は?どうだ?」
「見た目は可愛いな。味は…まぁ…普通のケーキだな。」
「普通か…まぁそうだよな。普通のケーキだもんな。」
「この花びらの形…桜か?緑色の葉っぱのアクセントも、綺麗だな…バエはするだろうけどなぁ」
「だよなぁ…」
◇◇◇
「おい、はると、ニュース見たか?さくらちゃん…」
「あぁ」
「あぁってお前、例のIT社長と別れて活動休止、引退か?とか書かれていたぞ?」
「まだ判らないだろ」
「そりゃぁそうだけど…って、まだやってたのか、そのケーキ…あれから3か月だぞ!?」
「あぁ、形は決まったからな。味の改良をな。ちょうど、試作品ができたところなんだよ。味見してくれ」
「そりゃいいけどさ…さくらちゃん、お前のことなんかもう忘れてるぞ?熱愛発覚で人気も低迷してい…んんん?」
「どうだ」
「なんだこれ!めちゃめちゃ美味い!スポンジが薄くなって…3層になってるのか。このプルプルしたのはなんだ?」
「寒天だよ。ゼリーだと柔らかすぎて、ありきたりだなと思ってな。ちょっと固めで、桜の香りがする寒天を挟んだんだ」
「そうか、食感がいいんだなこれ…そして、ほとんど甘みが無いんだな。前のは『ザ・ケーキ』っていうくらい甘かったけど…」
「うん。砂糖は加えずに、ドライフルーツを細かくして練りこんだんだ。自然な甘みだよ。このくらいのほうが、バズるかなと思って」
「…おまえ、凄いな。サラリーマン辞めて正解だったんじゃないか?」
「そんなのまだ判らないよ。さて、あと3か月で一億稼がないと」
「え!?まだ諦めてないのか!?だってお前、さくらちゃんは…」
「約束したからな。まだ試合は終わっていないだろ?」
◇◇◇
「さすがに閑散としてるな…よく握手会なんて開催したなぁ。はると、顔が真っ青だぞ。」
「はぁ…緊張する…結局1憶円はできなかったし…」
「あぁ、でも、実質3か月で5千万も利益を出したんだろ?あの桜ケーキ、めっちゃバズったもんだなぁ…お前はすごいよ。きっとさくらちゃんも、努力を認めてくれるよ。」
「いや、約束は果たせなかったから、認めてもらおうとは思ってないよ。でも、結果の報告は、ちゃんとしておきたいんだ。1億円作れなくて、逃げた、なんて思われたくないからな」
「そうかそうか。律儀な奴だな。俺は今日は参加しないから。ほら、行って来いよ。誰も並んでないし」
「うん」
◇◇◇
「…来たんだ」
「来ました。でも、5千万円しか、作れませんでした。その報告にと思って。」
「あのケーキ、あなたの作品なんでしょう。芸能界でも、話題になってたわ。甘くないから、罪悪感が少なくて、とてもいい香りがするって」
「そうだったんですか。ありがとうございます。でも、約束は約束です。守れなくて、ごめんなさい。」
「…ねぇ。私はこの一年で、激変しちゃった。報道の内容は、ほとんど本当のこと。もし、1億円作れていたら、どうする気だったの?」
「もちろん、胸を張って、付き合ってください!と言うつもりでした。」
「今の私でも?もうトップアイドルどころか、ただの…」
「…さくらちゃんは」
「え?」
「さくらちゃんは、僕のケーキ、食べてくれたんですか?」
「…いいえ。何人かからは、差し入れにもらったのだけど、なんとなく食べづらくて。マネージャーに渡していたわ」
「今、食べてくれますか?クーラーバッグで持って来ているんです。食べ物を渡すのはムリだって、あおい…俺の宣伝部長には、散々止められたんですけど。」
「ふふ。たしかに、一年前にあなたのことを散々宣伝してたわね。宣伝部長か…ね、マネージャーさん、どうせこの人以外には、お客さんいないんでしょう?食べてもいいよね?」
「…いいんじゃないですかね。」
「ありがとう」
◇◇◇
「…どうですか?」
「美味しい…とてもきれいな桜の花びらと、素敵な桜の香り…ほんのり甘いドライフルーツ…」
「9か月かかったんです。これは、僕の想いと、決意の結晶です。」
「結晶…」
「人間誰でも、失敗ぐらいするんじゃないですか。一度や二度失敗したくらいで、僕の想いは変わりません。でも、1億円には届きませんでした…だから…」
「…一年」
「え?」
「あと、一年、待って。私は一年の間に、きちんとケジメをつける。あなたは、あと一年あれば、1億円は楽勝でしょう?」
「ケジメ…いや、1億円は大丈夫だと思うけど…」
「約束ね、あと一年。今度は、私にチャンスをちょうだい」
◇◇◇
「おい、あの角にある新しくオープンしたケーキ屋、行ってきたか?」
「ケーキ屋?いや、行ってないけど…どうしたんだ、顔赤くして」
「それがさ、あのケーキ屋に!」
「ケーキ屋に?」
「いるんだよ!」
「いるって…だれが?」
「ほら、去年引退した、アイドルのさくらちゃんが!」
「え!あのさくらちゃん?ケーキ買いに来てたのか?」
「違うんだよ!なかの人!ケーキ屋で働いてたんだよ!」
「まじか!引退して、ひそかに結婚したとか噂されていたけど…あのケーキ屋と結婚したのか!」
「そうなんだよ!最近TokTikでバズってた『さくらタルト』を買いに行ってみたらさ!」
「おぉ」
「さくらちゃんが、直接渡してくれるんだよ!」
「おぉおぉ」
「それでさ、渡されるときに、ちょこっと指が触れてさ!」
「おぉおぉおぉ、んで?!」
「興奮しちゃってよ!金だけ払って、タルト置いてきちゃったよ!」
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