『日本のお金持ち研究』橘木俊詔, 森剛志著, 日本経済新聞社, 2005

要約と解説

国税庁『全国高額納税者名簿』で実際に納税額3000万以上、推定所得1億以上の人は約9000人。前年高納税でないの人を除くと調査対象は約6000人。その約6000人にアンケート送付。有効回答率465人で約8%。インタビューに応じてくれた人もある程度いるらしい。

基本的に2001年度のお金持ちは企業家(31.7%)、医師(15.4)、経営幹部(11.6)、その他(38.7)が大半で、芸能人(1.3)、スポーツ選手(0.9)、弁護士(0.4)はかなり少ない。

なお、「その他」の人々が相当高い比率であるが、この人々は引退者を中心にした高額資産保有者と大土地所有者、それに区分できない職業に就いている人をさす。

p. 10

お金持ちと聞くと芸能人、スポーツ選手のイメージがあるが、冷静に考えたら彼らでも1憶以上稼ぐ人はレアだ。やはり普通に考えて企業家(事業主、もしくは企業の最高経営責任者)と医師が多いし、医師も1億稼ぐ人はほぼ開業医だがら自営業。「経営幹部」も一部上場企業の社長の平均年収が5000万程度に過ぎないことを考えると、「企業家」の同族や実質的には共同経営者が多いのだろう。


問題点

所詮大衆向けの本だな、と思わせる部分は多い。そもそも、アメリカのお金持ち研究は蓄積があると言いながら、リテラチャー・レビューをやらない。この時点で学術書としてどうかしている。

次に気になるのが「アンケート回答者」というサンプル・セレクション・バイアスだが、そもそも国税庁『全国高額納税者名簿』の職業や年齢割合と、自分たちのアンケート調査の割合の比較もしていない。まあ、ここは「お金持ち全体」というよりも、それぞれの職業ごとの特徴を見る部分が多いので、あまり問題にならないのかもしれないが、第5章「お金持ちの資産形成」、第6章「お金持ちの日常生活」はバイアスがある可能性が高い。

また、第6章「お金持ちの日常生活」で「年齢が高くなるにつれて、より仕事に精を出す人が増える不思議」という節があり、確かに若いうちはお金があれば遊ぶが、高齢になると仕事の社会的意義を感じる人が増えると解釈している。これは、将来やりたい余暇の過ごし方などが年齢が上がるにつれ「社会活動」が増えることと整合的に思える。ただ、逆に考えれば高齢になれば生産性が下がるので、労働時間を維持することで高所得を維持しているという因果関係も考えられるが、それは全く考慮されていない。こんなことは、そこらの経済系の大学院生ならイの一番に考えることだ。まあ、著者の橘木が厳密に「経済学者」かと言われたら微妙な部分もあるということもある。


・しょうがない部分(節税の実態)

タックスヘイブンの活用など、日本の納税額に反映されない形で所得を上げていない人への対処は何もなされていない。医師については儲かっている病院は医療法人にしていて、税金対策などをかなりやっている。この辺への適切な処理も何もなされていない。もちろん、この辺りはグレーな領域だから難しい部分はあるだろうし、それを調査項目に入れても、それこそサンプル・セレクション・バイアスまみれになってしまう。

あと、医療法人などは家族を経営関係者として、その対価という形で所得を移転していることがある。おそらく自営業でもそういうこともあるだろう。これも大きな問題なのだが、やはり現実的にデータを集めることは難しいだろう。まあ、推定所得1億円というのは、そういうことも含めてのということで、実態としてはもっと金持ちである可能性が高い。


感想

研究としては問題があることを指摘したが、最大のこの本の問題は、「あまり面白くない」ということだと思う(笑)。まあ、学術書の体裁をとっているのでしょうがないのかもしれないが、少なくとも自分が知っている数名のお金持ちの話の方がはるかに面白い。

  • 暇になって馬を買って乗馬をし始める医師夫人

    • その間、残された旦那は自分で冷凍うどんを温めて食べる

  • コンサルは年収8000万を超えるとヨットを買いだすらしい

  • キャバクラ通いが好きだが、政治家を応援したり、ミュージシャンに個人的な演奏会をしてもらう獣医

  • (これは時期的にももう少し後だろうが)中国の医療ツーリズムで大もうけしてる医療法人を経営している医師夫人

    • 高齢結婚で娘が1人だけ、それを医者にしようと必死で教育

  • 医師ではないが親が医療法人の経営者というボンボンで、20代の内からキャバクラ嬢を連れまわして豪遊

多くの人が興味を持つのはお金持ちの消費行動だと思うが、車以外に具体的な名前が出てくるものはない。

まあ、こんなのはゲスなんですかね? でも、どうせ大した学術的意義もないのだから、もっと面白い本にすればいいのに(笑)

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