『脱税の世界史』大村大次郎著、宝島社新書、2019

はじめに ~国家とは税金である~


歴史上、「税金のない国」というのは、存在したためしがありません。

現代のサウジアラビアなどは、国家財政のほとんどを石油の収入で賄っているので「税 「金がない」ともいわれています。が、実際には少額ではありますが税金は課せられていま すし、まず何より石油の収入を国が独占しているということ自体、間接的に国民から 徴収していることになります。

また初期の古代ローマはローマ市民から「直接の税金」はほとんど取っていませんでした。しかし関税を徴収したり、占領地から税を徴収していました。

歴史上、国家の体をなす存在において、税金が課されなかったことは一度もないといえ るのです

一国の政府(政権)の存在というのは、煎じ詰めれば、「いかに税金を徴収し、いかに使うか」ということになると思われます。

役人を雇って国家システムを整えるにも、インフラ整備をするにも、他国からの侵略を 防ぐにも、税金が必要になります。だから、税金がないと国家というものは成り立ちません。

王政国家であろうと、民主政国家であろうと、共産主義国家であろうと、宗教国家であ ろうと、それは同じです。

そして、「税金というもの」の影には必ず「脱税というもの」が存在します。
おそらく税金がつくられるとほぼ同時に脱税も登場したものと思われます。 世界中の太古の文献にも、脱税に関する記述が出てきます。
たとえば、中国を最初に統一した秦の時代の古文書には、脱税に関する罰則が記されて いるものがあります。また古代ギリシャの詩の中には、脱税者をうたったものもあります (いずれも詳しくは本文で)

ところで国の隆盛には、必ずといっていいほど税金が絡んでいます。

世界史に登場する強国、大国というのは、どこも優れた税制を持っていました。

古代ギリシャは、現在、世界中で使用されている税制度の基本的な仕組みを、すでに整 えていました。また古代エジプトは、優秀な官僚制度をつくることで、効率的な税徴収を行っていました。

大英帝国が世界で初めて産業革命を起こし、七つの海を制したのは、世界に先駆けて、統計学を駆使した合理的な税制度をつくったからなのです。

「民が疲弊しないように効率的に税を徴収し、それをまた効率的に国家建設に生かす」

というのは、国が隆盛するための絶対条件だといえます。

そして、国が衰退するときというのは、その条件をクリアできなくなったときだといえます。

たとえば古代ローマ帝国の末期には、徴税請負人の不正が猖獗を極め、帝国内のあちこちで反乱が起きました。それが古代ローマ帝国の崩壊につながるのです。

また革命前のフランスでは、貴族や教会が特権を駆使して税金を逃れ、そのしわ寄せが 全部、国民に行っていました。その国民の不満が爆発したのが、「フランス革命」なのです。

本書は、「脱税」を通じて世界史をたどってみるというテーマを持っています。

脱税というと、なるべく税金を低くしたいがために細工をするというのが、一般的な「脱税」のイメージでしょう。確かに、古今東西でこのパターンは一番多いです。

が、それだけではなく、圧政、重税に対する抵抗として、民衆が結託して、課税逃れに 走るという場合もあります。また富裕層や貴族などが特権を活用し合法的に税を逃れるということもあります。

いずれにしろ、脱税がはびこるときには、社会は大きな変動が起きます。

武装蜂起、革命、国家分裂、国家崩壊などには、必ずといっていいほど、「脱税」と「税 システムの機能不全」が絡んでいるのです。

歴史というものは、政治的な事件や戦争などばかりを中心に語られることが多いものです。

しかし、歴史の動きには、必ず「経済」が大きく影響しています。政治的な事件や戦争 などは、経済事件の表層部分にすぎないとさえいえるのです。そして、経済に関しては税 金が大きく絡んでいるのです。

「税金」や「脱税」を軸に歴史を眺めてみると、これまでとは違った立体的なイメージが 浮かび上がってきます。不可解に思えていた出来事の辻褄がくっきりと見えてきたりする のです。

本書を読み終えたとき、おそらくあなたは「世界史の謎」を解いたような気分になるはずです。

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