『名著で学ぶインテリジェンス』小谷賢・情報史研究会(編)、日経ビジネス人文庫、2008

情報史研究会

2002年、中西輝政・京都大学教授の呼びかけにより発足した学術的情報研究(インテリジェンス・スタディーズ)の場。新しい世代の研究者を中心に、京都において情報史(インテリジェンス・ヒストリー)からアプローチする研究を進めている。2009年春より、機関誌『情報史研究』を創刊予定。

まえがき

近年、日本においても、ようやく「インテリジェンス」への関心が広がってきた。 今、 書店の店頭などをのぞくと、インテリジェンス本が一種、花盛りのような趣すらある。 しかし、実のところ、こうしたインテリジェンスへの関心は、果たして本物といえる のだろうか。実は、この国のインテリジェンスへの関心、それが今後どちらへ向かう のか、今重要な別れ道に立っているようにも見える。

今から三〇年あまり前、一九七〇年代の前半に、イギリスの大学で国際政治学を 勉強しようと彼の国に留学したとき、私は初めて「インテリジェンス研究」という ものに出合った。当時のケンブリッジ大学のハリー・ヒンズリー教授 (Sir Harry Hinsley) を中心とする国際政治の研究者たちによって、およそ国際問題を考えよう とするなら、その必須の前提知識として、インテリジェンスの基礎的な理解が必要で あることが力説され始めていた。

すなわち、インテリジェンス問題への関心が、ちょうど今の日本における状況のよ うに、いつまでも実務経験者の「自慢話」や好事家による「スパイ・エピソード集」の願いにとどまっていてはならないことが言われ始め、より学問的、実証的な資料や 研究に基礎づけられたレベルを目指して、政府に対しては資料や史料の公開を求め、 既存の国際政治学・国際関係論、外交史、政治史といった学界に対しては、「インテリジェンス研究」という視角の重要性が鋭く問いかけられるようになっていた。

インテリジェンス、すなわち情報活動あるいは諜報という分野に関しては、当然の ことながら、とかくウソと本当の区別が難しい。そこでは、われわれが手に取って読む本からして、「一体、これは信頼できる本か?」ということが、常に鋭く問われなければならない。

単に、かつて「インテリジェンスの世界の住人」だった人たちによって書かれたも のだから、という触れ込みだけでは、たとえ何十万部という売上を上げているベスト セラーであっても、内容の信憑性に対する保証にはならない。

本書は、日本のこうした現状に対する一つの問題意識もあって、私の周囲で長年イ ンテリジェンス問題を学問的な研究対象としてきた研究者たちの自発的な努力によっ できあがったものである。

最近の「インテリジェンス熱」の高まりは、一般の読書界だけでなく、永田町や霞 が、財界やジャーナリズムの世界まで静かな広がりが見られる。そこで、よく「インテリジェンスの問題を理解するためには、どんな本を読んだらよいでしょうか」という問い合わせを受ける。しかしそれへの答えは、実に難しい。

というのも、実のところ、今の日本人がインテリジェンスを理解するのは、もしか したら江戸時代の日本人が議会政治を理解するのと同じくらい難しいところがあるの ではないか、とさえ思うからである。

まず、この国には、「国家としての情報活動」という制度自体が戦前・戦後を通じて皆無であるため(確かに各省庁の"情報"部局はあるけれども、それはまったく本質を異にするものである)、それが一体何を指すのか、いくら頭がよくても多くの日 本人にはその実体は見当もつかないままなのである。

また、仮にインテリジェンスにあたる活動を見聞きし経験していても、「インテリ ジェンス」という観点から、ものごとを見る習慣が身についていないので、その意味 するところが本当に理解できていないのでは、と思われることがよくある。さらに依 然として世の中の一部には、「インテリジェンスなどといった分野にまじめな関心を まえがき 向けるべきではない」という偏見も残っている。

したがって、現在の日本でインテリジェンスに対する社会一般の理解が一応のレベ ルに達するには、明治時代の議会政治の例にならえば、もしかすれば、今後少なく見ること、という点も念頭に「名著」の枠を広げ選択に努力したことは言うまでもない。 それでも、「真に名著の名に値するものを」という、もうつの考慮点をまったく無 視することはできなかった。その結果、「本邦未訳の名著」の数をこれ以上少なく抑 えるわけにもいかなかったのである。

いずれにしても、こうした名著は一日も早い翻訳が望まれるが、依然としてこの国 ではインテリジェンスを真剣に学ぼうとするなら、かつての「蘭学」を学ぶ覚悟が求 められるところもあるというわけである。わが国におけるインテリジェンス問題への 知的な理解水準、すなわち本来的な「インテリジェンス・リテラシー」の早急な向上 が切に望まれるゆえんである。

なお、本書の読書案内とあわせ、中西輝政・小谷賢編著 『インテリジェンスの20世 紀』(千倉書房、二〇〇七年)の巻末の「主要文献紹介」を参考にしていただければ 幸いである。

最後に、世界におけるインテリジェンス研究それ自体も、目下日進月歩で急速に進 まえがき んでいる。それゆえ、ここで「名著」として取り上げられている著作が今後、その評 価を変える、ということもあり得ようし、本書の中で述べられている当該著作への評 価も修正を余儀なくされることもあり得よう。各著作に対する評や分析は、それぞれを担当するメンバー個人の業績であり、また各人が内容への第義的な責任を負うこ とになっており、当研究会や編者は部分的にしか関与していないことも付記しておき たい。

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