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38,天使と悪魔

中国で暮らす場合歴史のことはしっかり抑えておかなければいけない。ボランティアとして派遣される前に言われていたことで、特に近代史については一通り勉強しておいたつもりである。ただ普段中国で生活していて戦争のことについていろいろ聞かれることはほとんどなかった。だが、3年間もいると色々な場面に出くわす。

ある日、仲のいい先生のうちに行ったとき、小学校6年生の娘さんとしばらく話をしていたが、その子が何気に「昔、日本人がたくさんの中国人を殺したこと知ってる?」と聞いてきた。すると間髪を置かずにパチンッと乾いた音。隣に座っていた先生が自分の娘の頬っぺためがけて思いっきりビンタしたのであった。その子は一瞬びっくりして動けなかったが見る見るうちに頬っぺたに手形が現れ、泣いて部屋を出て行ってしまった。

学校の食堂でいつも食事を作ってくれるおばさんや他の2、3人の先生と話していたとき、おばさんにやはり同じことを聞かれたことがある。非常に婉曲的に「昔の中日間で戦争があったんだよ」といった感じだったが、ボクはちょっとムッとして「そんなこと、知ってるよ」とぶっきら棒に言い放った。戦争のことを聞かれたのがいやだったのではなく、なんだか無知を諭されているような感じがしたから思わず、ムッとしてしまっただけだが、そのおばさんは慌てて「いや、でもあんたは偉いよ。中日友好の使者だよ」と言い直した。周りにいた若手の先生もしきりにボクを持ち上げてくれた。なんだか気恥ずかしいような申し訳ないような気がした。

また、ある夜、別の先生のうちに夕食に招かれ、一緒に食事をしていると一人の酔っ払いが部屋に入ってきた。ボクのほうを見るなり、何か叫びだした。なんだか聞き取れなかったし、酔っ払いを相手にしたくなかったのでしばらくほっておいたが、しつこくこっちに向かって何か言っている。そして、そこの先生と高校生の息子で必死にその酔っ払いを追い出そうとしていた。何回も同じことを叫んでいるのでそのうち何を言っているのかわかってきた。「日本人は何人中国人を殺したんだ。お前の父母たちは何人俺たちの父母を殺したんだ。」やがてその酔っ払いは追い出されたが、凍りつきそうな思いになった。

一番応えたのは子供たちとのやり取り。ボクの部屋によく来る子供たちがいた。みんな学校の先生の子供たちで小学校3、4年生くらいの女の子。とてもかわいくちょっとおませなユニット。「ORD48」ということにしておく。

ボクの部屋には日本の文房具や剣玉などのおもちゃが置いてあった。最初はそれを目当てに来ていたようだが、徐々にボクの部屋はORD48たちの「隠れ家」と化して、とにかく暇があれば来るようになっていた。ボクも時間があるときは入れてあげて一緒に遊んでいた。「モンゴルの童謡」を教えてくれたり、ボクが持っていた日本語の絵教材を使って、授業ごっこをしたり、何かとさびしい一人暮らしに彩を添える「天使」のようにも思えた。

しかし、1日に何度も来るし一度来たらなかなか帰らないので時々厄介に思うようになる。居留守を使ったりすることもあったが、一度入れてしまうとなかなか帰らない。気まぐれな「天使」たちは一瞬にして「悪魔」に変わる。

一度本当に困り果てたことがある。その時は校長の娘もいたので校長室に行って何とかしてほしいとお願いして校長に僕の部屋まで来てもらい追い出してもらった。「悪ガキはこうすればいいんだ。」と自分の娘めがけて蹴りを入れて追い出していた。「君もこれから言うことを聞かない子供は遠慮なく蹴っていいから」といわれたが、性格的にもそこまではできなかった。

この件のあと、しばらくORD48は来なくなっていたが、ほとぼりが冷めた頃、徐々にまた来だした。前と違ってよく言うことを聞くし、ボクもORD48が来なかったら来なかったでなんとなく物足りなかったので、よかったのだが・・・。

ある日のこと、女の子8人、ORD48のフルメンバーが部屋に遊びに来た。そしてまた「悪魔」に変身した。その日はカシミア工場の友人宅で食事をすることになっていた。「もう夕方だし、そろそろ帰ってくれないかなあ。」リーダー格の子に聞いた。「帰らない」あっさりと答える。「君は帰ってくれない?」別の聞き分けのよさそうな女の子に振った。ちょっと迷った後で「その子が帰らないなら私も帰らない」と意外としぶとい。「ボクは今から友人の家に行かなきゃいけないんだ」すると「悪魔」の本領を発揮とばかりに「勝手に行けば、この部屋はもうあたしたちのものよ!」これには本当に頭にきた。「帰れ!」思わず軽く蹴りを入れてしまった。「ワアーっ」とみんな飛び出していった。何とか追い出すことに成功した。しかしその後、外で会ったときORD48たちはボクを指で指しながら「日本鬼子」と言うようになった。

しばらくしてORD48はまた、「天使」に戻るのだが、この時は本当に堪えた。

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