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12、映画館の話

オルドスの人の娯楽というとなんと言っても映画。時々生徒や先生に映画券が配られる。金を払っても1元か2元だが、その時はただで映画が見られる。

冬のある日曜日。夕食を終えて、男子生徒たちに誘われて映画を見に行った。街のメインストリートに面した、東勝で一番大きな映画館に行った。けっこう広い。1000人は入れそうだ。そしてけっこう席が埋まっていた。椅子は木でできていた。2時間も座っているとお尻が痛くなりそうだ。何よりも暖房が効いていない。

待ち時間にはひまわりの種を食べる。生徒のポケットにはいつでもこれが入っている。ちょっと暇があるとすぐ取り出して食べる。中国では暇なとき割って食べるから「暇割」か、と思うくらいいつでも出てくる。「センセイ、どうぞ」と一掴みもらった。生徒たちはひまわりの種を口に放り込むと歯でぱりっと殻を剥き、あっという間に殻だけ外に吹き出し、実を食べる。リスにも負けない速さだ。ボクは歯で割ることはできるがいったん取り出して手で実と殻を分けて、実だけ口に放り込む。一つ一つ時間をかけて食べるしかない。

突然、電気が消えた。真っ暗である。通路灯もなく、文字通り真っ暗。寒いし真っ暗だしまるで野外で映画を見るようだ。みんな話をやめてスクリーンのほうを注目する。ひまわりの種を食べる音だけが場内に響き渡る。けたたましいベルの音を合図に映画が始まった。

タイトルは「血滴宝石」、泥棒3人組が、殺人事件に巻き込まれ、濡れ衣を晴らすために警察に追いかけられながらも真犯人をつきとめるというよくあるパターンの喜劇。途中まではけっこう笑えたし、展開が面白かったが、最後はどたばたで終わってしまった。

それより映画館の様子が興味深かった。館内では終始例のひまわりの種を食べる音が響き渡る。私語も多い。隣に座っている生徒たちもボクにわざわざ日本語で「センセイ、面白いですか。」と聞いてくる。周りの注目を浴びる。ここでは日本語で「センセイ」と言えば、ボク個人のことを指す。他の日本人を知らない、日本語で話しかける相手がいない彼らにとって、「センセイ」とはボクのことは指す「固有名詞」になっていた。

館内は限りなく氷点下に近い。スクリーンの光に観衆の白い息が浮かび上がる。足先から冷気がじわじわと昇ってくる。とても映画に集中できる状態じゃない。寒さを忘れるためか、常にざわついている。みんな本当に映画を見ているのかと思うくらい騒がしいのだが、笑う場面では必ず、思いっきりよく笑う。悪者がやっつけられると拍手が起こる。館内に一体感が漂う。

この映画の後半にちょっとしたハプニングが起こった。突然映画が中断したのだ。すぐ停電だとわかったが何のアナウンスもない。徐々に館内が騒がしくなった。ピーピー指笛を鳴らす人、木の椅子をドンドンたたく人。真っ暗な中で、いろんな音が響き合いなんだかとても幻想的だった。しばらく経って何の前触れもなく映画が再開された。するとみんな何事もなかったかのように、ボリボリひまわりを食べながら映画を見て、笑ったり拍手したり、「感情を素直に表現できていいな」と思った。

映画が終わるともう門限の9時半が迫っていた。「センセイ、さようなら」と言って、生徒たちは走りだした。ボクはゆっくり歩いて帰ろうと思ったが、冬の夜、風はないがとても寒い。ボクも生徒たちに追いつき一緒に走って、学校に戻った。

オルドスでは香港映画やインド映画が人気だった。学校の先生や生徒全員で見に行く必修の映画もある。だいたい周恩来などの英雄を扱ったものだ。

生徒などと一緒に映画を見に行くのはいいが、ストーリーの中に日本の軍人が悪役となって出てくるものもある。日本人がやられて周りは拍手喝采、でもボクは何とも言えない、いやな雰囲気を味わう。だいたいボクを誘うときは「戦争モノ」とかは避けてくれる。

だが、映画はサスペンス風のもので人が次々と行方不明になっていく展開だったのに、気づいてみると事件はすべて日本の軍隊の仕業で後半は日本軍を徹底的にやっつけるというストーリーに変わって、誘った友人も誘われたボクも気まずい思いをした、というパターンもあった。ただこれも経験と割り切ってそんなことがあってもめげずに誘われたら積極的に映画を見に行ったものだ。

そして中国語や日本語でいろいろ感想を言い合うのが何よりも楽しみだった。


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