お泊り会の夜
昔は、小学校で「お泊まり会」なるものがあった。生徒が集団で校舎に一晩泊まるという行事だ。現在ではほとんど行われていないが……。
夜中に、Hは目を覚ました。
(トイレに行きたい……)。
Hが寝ていたのは、教室の一番後ろ、扉の近くだ。教卓のそばで寝ているはずの担任・N先生は遠い。間にはクラスメイトが寝ていて、足元が暗くてよく見えない。
(どうしよう……)。
その時、廊下に光が見えた。
(あ!見回りの先生だ!)
トイレに付いて行ってもらおう、そう思って、Hは周りを起こさないようにそっと廊下に出た。
「どうした?」
懐中電灯がこっちに向けられた。まぶしい。
「トイレです」
Hが言うと、光が顔からそれて、
(……あれ?)
担任のNだった。
(N先生が当番の時間か、よかった)。
知らない先生じゃなかったので、Hはほっとした。
トイレは、廊下の突き当たり。Hのクラスは、学年の真ん中なので、他のクラスの前を通る。トイレとの間に、一つ、空き教室があった。そこは普段も使っていないので、今夜も、誰もいないはずだった。
「おや?」
N先生が立ち止まる。
「今、誰かいたぞ?ちょっと見てくるからトイレに行ってなさい。」
N先生は空き教室の中に入って行ってしまった。
(行かないでよ!先生!一人でトイレなんて行けないよ!)
Hは半泣きで追いかけた。一人の廊下に取り残されるなんて……。
空き教室に入ると、中にぼんやり光るところがあった。N先生は?先生が見当たらない。Hは光のもとを目で探した。
光っているのは、入り口と反対の窓側に近い、黒板の横の壁のようだった。よく見ると、穴が開いているように見える。光はそこからもれているのだった。
(へんだなぁ……あんな所に。先生はあそこに入ったのかな?)
Hはそろーっと覗いてみた。
穴に見えたのは、古い廊下のようだった。油のしみた板張りの廊下。薄暗い電灯。鉄筋コンクリートの校舎につながる廊下にしては不自然だ。と、人影が現れた。人影はHに気づいて話しかけてきた。
「ボク?どうしたの?おしっこ?」
それは女の人で、看護婦さんのような服を着ていた。だけど、服が、映画やテレビに出てくるような古臭い感じだ。何だか変だったけど、優しい声で話しかけられて、Hは尿意を思い出した。もう我慢できない。
「ウン。」
と女の人にうなずくと、その人は
「こっちよ。」
と、Hを、古い廊下へ誘い込んだ。入ってすぐがトイレらしい。灯りが暗くてぼんやりしている。Hは、用を足すことで頭がいっぱい。あやうく事なきを得た。
女の人は、トイレの外で待っていてくれた。Hが元来た方に戻ろうとすると、女の人が
「あらあら、寝ぼけてるのね?」
と、反対の方、奥の方へ連れて行こうとする。そう言われるとHも、間違えたような気がしてきた。その時、
「H!H!」
と声がした。
N先生だ!
Hは踵を返して、不思議な穴から飛び出した。
空き教室に、N先生と、クラスメイトのEがいた。N先生が
「H!黙っていなくなったらダメだろ!」
と、言い、Eが
「オレが先生を起こして探しに来たんだぜ」
と、言った。
(N先生、当番で回ってたはずなのになぁ。一緒にここまで来たはずなのに)。
と、Hは思ったが、トイレも済んだし、何だかどうでもよくなって、そのまま教室に戻ってしまった。
そのまま、Hはそのことをすっかり忘れていた。思い出したのは、30年後のクラス会だった。
こんなことがあったなぁ、と、Hの話を聞いて、妙な気がしたのはEの方だった。
(あの時、N先生は、教室で眠っていた。Hが出て行ったのも知らなかった。空き教室に、そんな古い廊下なんてなかった……。)
だが、それを口には出さなかった。N先生も早や鬼籍の人。もし、存命だったら、話してくれたかもしれないが。
Hたちが卒業して数年後、お泊まり会で「神隠し」事件がおきた。子どもが一人、いなくなったのだ。外に出た形跡もなく、とうとうその子は帰宅しなかった。それが、お泊まり会中止の原因だったのだ。
だが、HもEも、それを知ることもなく、二人ともやがて、すっかり忘れてしまった。
【完】
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ご購入ありがとうございます!
せっかくご購入いただいたのですが、続きが何もなくてすみません。
この作品は、昔、ブログに書いたものです。
名前をローマ字イニシャルにしてみたんですけど、読みにくいかなぁ……
内容は、自分が見た夢を膨らませたものです。時々、ストーリー性の強い夢を見ます。今日の夢は、死んだ叔母と争う夢でした。まとめるほどのストーリー性はなかったです。細かいところを忘れちゃったし。
以上で、あとがきに代えさせていただきます。ご購入ありがとうございました。
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