件名:学校火事

それは一月末のある日。三年生は卒業前の午前授業で、一・二年は昼休み、三年生だけが放課後、という時間帯だった。教室には石油ストーブがあり、ストーブ係は灯油を補給しなければならない。他の生徒が帰る中、ストーブ係の男子生徒はあせっていた。早く給油を終えたい。つい、石油のポリタンクをストーブに近づけすぎた。火は消してあるはずだったが、くすぶる火種があった。
女生徒が

「ねぇ、ヤバいんじゃない?」

と、言ったとき

ボン!

と爆発音がして、炎が垂直に上がり天井を焦がした。女生徒が悲鳴をあげた。驚いて落としたポリタンクの油だまりに引火する。油の表面をめらめらと炎がなめる。担任が上着を脱いでかけつけ、たたいて火を消そうとした。だが、消えない。誰かが消火器を炎に向けた。消えない。それどころか、ポリタンクまで炎が燃え広がる。
「逃げろ!」
 その言葉に教室に残っていた三年生が一斉に駆けだした。

 A教諭はその日四階で授業をし終えた所だった。四階と三階の一部が二年生、三年生のフロアは三階の残りの教室と二階だ。階段を下りて二階が職員室で、そのまま階段を下りればいいのに、何故かその日は三階の三年の教室前を通ろう、と、思った。その理由は今でもわからない。三年生の教室廊下にさしかかったところで、ボン!という爆発音と女生徒の「きゃー!」という悲鳴を聞いた。あわてて駆けつける。石油ストーブが燃えていて、石油ストーブの周囲に直径1メートルぐらいの油だまりができている。その油に燃え移った火が、落ちた灯油ポリタンクに今にも引火しそうである。生徒が消火器を持ってきた。A教諭は油だまりの炎に消火器を向けた。消えない。職員室からも消火器を抱えた教師たちがかけつける。目の前の炎は天井にはい登り、蛍光灯が熱で、パリンパリン、と割れていく。ストーブ側のガラスにピシ、とひびが入る。とっさに
「逃げろー!」
と吼えるように叫んだ。その声にはじけたように生徒も教師も駆けだした。生徒は避難するために。教師は…上のフロアの生徒を避難させるために。

 B教諭は三階にいた。三年の教室が騒がしい。生徒が「火事だ火事だ」と騒いでこちらに来た。すぐに消火器をつかんで火災現場に。そこで「逃げろ!」という叫びを聞いた。どうしようもない事態なんだ、と、思って、次には階段を四階まで駆け上がっていた。四階の生徒たちは昼食中だ。
「逃げろ!」
とB教諭が叫ぶ。だが、生徒たちはきょとんとしている。
「どこに逃げるんすか?」
その教室は火災現場の真上だ。
「いいから逃げろ!ともかく下!」
その剣幕にただならぬものを感じて、弁当を捨てて一斉に階段へと走る生徒たち。
「どこに逃げたらいいのぉ!」
とパニックに陥って火災方向へ逃げようとする女生徒。
肩をつかんでゆさぶると
「あっちの階段を下!降りたら北に!」
 教師たちが次々に教室に入り、逃げろ!と命令する。
「四階、生徒いません!」
「防火シャッター閉じろ!」
 三階に降りると防火扉が閉じられている。
しばらくして、その扉をあけて中に入る者がいた。

 Cさんは業務員だ。三階三年生のフロアの火事に駆けつけると、「逃げろ!」の声がした。そこでとっさにフロアの電源を切った。漏電を防ぐためだ。急に暗くなる。女生徒が悲鳴をあげて、Cさんの脇を通り抜ける。
「全員避難しました!」
防火扉を閉める。中でドン!と音がする。あらためて中に入る。煙で真っ暗だ。中には手に消火器を持った人かげが全部で十人もいただろうか、お互いの顔はわからない。Cさんも消火器を炎に向けた。見る見る炎が収まっていく。ぺしゃんこになったポリタンクが焦げていた…。

 D教諭はその日、灯油倉庫の当番だった。ストーブ係に灯油を渡すのである。灯油倉庫は学校の南西の角にあった。なんだかさわがしい。生徒がどんどんやってくる。火事だ、と、聞こえた。火災はどこなのか。この灯油倉庫の近くだったら…
「ここはダメだ!離れろ!」
生徒は
「どこに行くんですか?」
と言う。火災がどこかわからないから指示できない。情報が欲しい。
「ともかく、ここはダメだ。あっちへ行け!」
 生徒は事態がわかっていない。ここの倉庫には学校全体のストーブの石油があるのだ。まだ三分の一も配っていない。引火したら大変だ。生徒はここから離さなければ。自分は…ここで死ぬのかもしれないな。そう思った。

 職員室では火災の指示をしようとしていた。が、放送が非常時モードに入ったため、職員室からは指示できない。E教諭は
(校長室だ!)
と気がついた。情報の混乱を防ぐため、非常時は校長室のみ、放送できるのである。校長室は一階、階段を駆け下りる。事務室に
「火事です!校長室入ります!」
と叫ぶ。
「南棟で火災が発生しています。生徒は直ちに避難してください。」
 どこへ?避難訓練では校庭だ。だが、この火事は校庭に近すぎる。
「生徒は直ちに体育館に避難してください。」
 体育館は南棟から一番遠い。火がそこまで回ることはないだろう。
「職員室から出席簿持って行ってください!」と、同僚にたのむ。生徒が全員無事かどうかのチェックをしなければ。自分はここで放送を担当した方がいいだろう…。

 Fさんは三年生だ。火事の教室にいた。「逃げろ!」の声にはじけるように教室を飛び出した。火事から離れるように走ると、やじ馬が逆に火事の方へ走っていく。メールを打っている生徒もいる。
(どいてよ!それどころじゃないんだから!)
 鞄も上着も教室に置いてきた。体育館についた。そこで、携帯電話だけはポケットに入れて持ってきたことに気づいた。隣の高校の友達にメールを打つ余裕ができた。 件名は…
「学校火事」
 その日、同様のメールが同市の高校の生徒たちに配信されることになったのだ。

 その火災は、消防車が来る前に、職員の消火活動で鎮火した。けが人はなかった。数名の生徒が黒煙を吸って、のどに炎症をおこしたくらいだった。
 だが、火災の後処理がある。現場では蛍光灯は割れ、壁・天井にひびが入り、ガラスも割れてとてもじゃないが生徒を入れられない。別教室をどこに用意するのか?火災の両隣の教室も危険だ。最低でも三クラスは用意しなければならない。
また、修理が入る前に、私物を置いていった生徒たちに自分のものを取りに入らせなければ。そのためにはある程度、職員の手で片づけなければならない。現場は消火剤がまかれているのだから…。  

【補足】

これは全部、実際にインタビューした内容を元に、フィクションとして構成しています。教諭は、一人を何人もに分けたり、複数人を一人の教諭にまとめたりしています。

火事自体は、ボヤですので、何のニュースにもならなかったです。だから、検索しても元の火災は出てこないと思います。ちょうど同じ時期に、全く同じ状況で火災になった学校がありますが、それは別の学校です。

【後日談】https://note.mu/banawani/n/n2151e8527c60

【追記】
黙っていようかと思っていたけれど、
火災当日、校長は校長室にいました。機能しませんでした。
生徒が避難した体育館にも来なかったので、
当日、「校長は不在」と、ほとんどの職員が勘違いしています。

反省のための全校集会で校長は
「新聞に載らなくてよかった」と言いました。
ひとりの生徒が「結局世間体かよ」とつぶやいたのが忘れられません。

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