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創作者として殺された。今の私は「死体が喋ってる」

あの日私は死んだ。殺した加害者を私は許していない。

私はこんな画風の絵を描いていた。

植物と女

職業としてではない。ただ、公募に応募して時々賞をもらっていた。
退職したら雑誌にカットを描く仕事がしたい。
ささやかな夢だった。

あの日、私を狙ってのふざけたボールが頭部に当たり、
原因不明で右手が動かなくなった。

発狂するには充分だろ?

死んでいるのだから足はいらない。足裏が血だらけになるまでかきむしった。
死体は棺桶にいなきゃ。バスタブに横たわって過ごした。

つらい。

今まで、声にならない思いは全て絵にしてきたから、
言葉も同時に失ったのだ。

死体だが、動く食べる寝る。音声を発してコミュニケーションする。
だが、どうしても「私のことば」をあきらめられない。

フィンガーペインティングを試した。
ペンタブを買って画像ソフトを試した。
ちがう。
苦しんでもがいて五年。
私は「絵」を諦めた。

心を癒してくれたのは、ワンピ・ナルト・ハガレン。
感想をブログに書くようになった。
交流サイトの掲示板に書くようになった。

テキスト。

最初は左手のみでキーボードを打ち
「ドラえもんの手」と左手を使うようにし、
神経の手術をして、
時々痙攣するし打ち間違えるが両手を使えるようになった。

短編小説を書いた。
投稿サイトは考えなかった。
だって小説家になりたいわけじゃない。

表現したい。

私は表現したい物を持っている。
だが、手段を断たれた。
代替手段を求めてたどり着いたのがテキストなだけ。

電子書籍出版した。

詩や川柳も書くようになった。
川柳交流サイトに入った。
そこが「あなたが選ぶオタク川柳」とコラボ。
受賞した。出版した。

一位になりたくて毎年応募した。
一位になって、出版した。

川柳は、実は絵画に似ている。
作品を完成させたら、見る人・読む人に解釈を委ねる。
そこに作者の説明は要らない。

この境地に至るまで10年。
私が死んでから15年後のことである。
生き返ったとは思わない。
半死のゾンビだと思っている。

ゾンビとなって四年目。
オタク川柳への挑戦は続いている。
他にも川柳を詠む。
毎日一句以上は詠んでいる。

私にとっての創作は絵の代替品にすぎないと時々胸が苦しくなるが、
半分、生きている部分が叫ぶから、
アウトプットせざるを得ない。

死んでから19年目。

魂が泣くので作品を生み続ける。



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