それは姉が小学生で私が幼稚園ぐらいだったと思います。

 そのころ住んでいたのは社宅の並んだ住宅街で、夜は静かなのが普通でした。だから、その晩は変だったんです。

 その夜、何人かの人の話し声で、私は眠りを妨げられました。私は姉と二人で寝ていました。子供の眠りは深いものです。だから、相当騒いでいたに違いありません。外で数人が大声で話しながら近づいてくるような……。
 急に耳元で女の人が「…×××!」と声をあらげ、私はハッと目を覚ましました。すると隣の姉の傍らに黒い影が。思わず私が「ママ!パパ!」と叫ぶと…、「どうした?」その黒い影の主は、私の父だったのです。でもなぜか、知らない人のような、妙な感じでした。「おやすみ、寝なさい。」と父に言われ、何だか私は声のこともきけなくて、そのまま目をつぶって寝てしまったのです。

 翌日から私の生活は急変しました。父が失踪したのです。借金がありました。家が変わりました。小さなアパートに。そのうち警察の人が来て、…葬儀があり…そう、父は自殺したのです。生命保険で借金を埋めたのです。その後母は疲れてイライラしていることも多く、自然と私は(あの夜の声は母だったんだ)と、思い込んでいました。
 でも、私の結婚式の前日、白髪の増えた母と語りあったとき、声の話をすると母は驚いて否定したのです。あの晩はとても静かで、そんな声はしなかったと。

 ああ、やっと私はわかりました。あの時、父は、無理心中をしようとしていたのでしょう。もしも、私が目を覚まさなければ…

 あの時の声、あれは…?

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