IQ検査のススメ③(終)

最後は「苦手なことの出力について」
真面目系クズとは何か?というテーマでもあると思う。
なお、特に根拠はない。

IQが普通なのになぜ周囲よりミスをするのか

データ入力という苦手な仕事は明らかに周囲よりミスが多かった。周囲の入力ミス率は2%程度だったように思うが、私は5%ほどあった。
今測定したIQからすると、苦手な処理でも通常の1.1倍出るはずなのにである。
ここに言語性優位の弱点があるように思う。

学生の頃はIQ130として生きてしまっている

私は学業成績は並である。だが授業を聞いているだけで特に困らなかった。つまりサボっていた。
IQ130の人間が100出力するのに必要な労力はおそらく77%である。

社会に出ると、サボれるお勉強とは違い自分の出力がIQ100のものもこなさなくてはならない。
結果、77しか出力できずミスが頻発したと推測する。

自分の「普通」に寄りかかった弊害

私のような真面目系クズは真面目に普通に生きているのは間違いないが、自分の得意分野を普通と考えて苦手への出力が不足する傾向があると感じる。

客観的基準、普通という言葉を本テーマ中しきりに取り上げたのは、自分の普通や、客観的数値として現れる様々な成績ですら
周囲と自分の努力量や自己認識にかなり差があると思うからである。

普通とは相対的で、人と比べたときに初めて普通(枠から飛び出ていない)が現れてくるのに、他人と比較せず「自分の普通」を盲信してしまうと「すごくいい結果」か「クソ」の二択になってしまうのではないだろうか。

賢いと、上下左右他人との比較がしづらいが故の弊害で「自分基準で考えざるを得ないので頭でっかちになり、知らずに出力が低下して無能化する」のではないかと考える。

こういった一か八か的自分の普通盲信ガチャは幸せからは程遠いように思う。

客観の数少ない材料がIQ

自分がどの程度賢いか、自分の普通がどれくらいの普通なのかすら常人の知覚ではおそらく正確に判別できない。
単に「6割の人は何も考えなくても普通でいられる」に過ぎない。

能力バランスが悪いと感じたときに客観的に「普通」という足場を作ってくれるのがIQ検査の意義なのではないかと考える。
以上、苦しんでいる人になぜ検査を勧めるのか理由となる。

もっと早く検査すれば10年悩まず5年くらいで済んだと思うのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?