直情的に生きたい
直情的に生きたい。アメリカンスピリットの8ミリを吸いながらふと思った。そんなことを思った僕はとりあえず自慰行為をしてみた。いつも通り虚無感に襲われた。そのあとタバコのハイライト2種類がどうしても吸いたくなってコンビニへ行った。着替えたくなかったから部屋着のまま出た。帰ってきたら腹が減った。とりあえず家にあるカップラーメンを食べた。胃も心も満たされなかった。でも休日に自堕落な時間を過ごすことはとても心地よいものだ。僕だって休みの日に遊んだりもするが基本はインドアだ。アウトドア派の人達からしたら息苦しくて仕方ないかもしれないが僕には何よりの癒しの一つだ。
僕は自分の思うタイミングでそのことをすることに悦びを感じる人間なのだろう。しっかりと予定を組んでしたいことをすることも往々にあるが、予定のない日というものが好きだ。
しかし2020年4月から新社会人になった僕にはその好きな予定のない日というものがほとんど無くなった。そのことがふと苦痛に感じることがある。週7日のうち5日10時間拘束で働いて、残りの2日のうち1日は心療内科の受診が午後にあるがためにまともに身動きが取れない。そうなると完全に自由になるのは1日しかないが、1日しかないがために休日にしておかなければならないことはその日にやるしかないし、新社会人の僕は体力の回復に充ててばかりだ。中々にストレスというものが溜まっている。
仕事中交差点で便意を催している柴犬を見かけた。飼い主が察知し肛門付近に糞を拾うための装備をした手を出すとめちゃくちゃ吠えていた。僕はその光景が何故か微笑ましくて見つめていた。すると飼い主が柴犬を手懐け柴犬は腹を括った顔だった。その時僕と柴犬は目があった。めちゃくちゃデカい音量で吠えられた。あれは威嚇以外のなにでもない。彼の言いたいことは多分「見てんじゃねえよ!」だ。
僕も彼のように思うことを思う音量で叫びたい。
さては僕は生まれてくるかたちを間違えたのかもしれない。
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