マガジンのカバー画像

What is Didjeridu? - ディジュリドゥとは

16
「ディジュリドゥとは?」このシンプルな問いに対するネット上の情報は思いの他あいまいです。みなさんが知っている当たり前な基本情報から、研究者の論文を翻訳することで見えてきたディジュ…
運営しているクリエイター

記事一覧

1. ディジュリドゥとは - 基本情報

ディジュリドゥが演奏されるようになったのは紀元前1,000年頃 ディジュリドゥはオーストラリア北部のトップエンドと呼ばれるエリアの先住民アボリジナルの伝統楽器です。ディジュリドゥは数万年前から存在するとも言われます。 しかし、岩に描かれたた壁画ロックアートの研究から、ディジュリドゥが壁画に登場するのは「ポスト河口時代(※1.)」、あるいは「後期Mimi時代(※2.)」と呼ばれる時代であることが示唆されるようになりました。その結果、研究者の見解ではディジュリドゥは紀元前1

2. ディジュリドゥの歴史1 - ディジュリドゥの起源と竹 前編

ディジュリドゥの起源 - ディジュリドゥはどこから来たのか? ブーメラン同様にディジュリドゥはオーストラリアにとってアイコニックな楽器として、特に1990年代以降世界的に知られるようになりました。オーストラリアの空港のおみやげコーナーには50cmほどの長さにカットされ、音を出すことが不可能なカギカッコつきのディジュリドゥが売られているほどです。 そのせいか、オーストラリア全土のアボリジナルの人々がディジュリドゥを演奏するものだと思っている人は結構多いようです。ところが実際

3. ディジュリドゥの歴史1 - ディジュリドゥの起源と竹 後編

トップエンドの竹は1種類、しかも北西部の限られたエリアに自生 オーストラリアの竹には3つの固有種があり、内二つはトップエンドには生えておらず、「Bambusa Arnhemica」だけが自生してます。この「Bambusa Arnhemica」がディジュリドゥの素材として使われていました。 まとめると、Thompson、Berndt、Moyleら民俗学者たちのフィールドワークにより、1800年代まではディジュリドゥを作る素材として竹が中心的に使われていたと考えられます。そし

4. ディジュリドゥの歴史2 - ディジュリドゥとシロアリ 前編

1900年代初頭まではディジュリドゥの素材として竹が中心的に使われてきたことは前章で述べました。では一体なぜ現在では竹で作ったディジュリドゥが使われなくなったのか?竹に代わってシロアリが食べて空洞になったユーカリの木が素材として好まれるようになったのか?その理由を研究した論文が見つからなかったので、主に個人的な推論を中心に考察してみたいと思います。 スラウェシ島の漁民マカッサンとの交流がアボリジナルにもたらしたものは? 1600-1700年代頃になると当時催淫効果があると

5. ディジュリドゥの歴史2 - ディジュリドゥとシロアリ 中編

アボリジナル音楽の録音の歴史 実際にオーストラリアでディジュリドゥが演奏される地域を特定するために、ヨーロッパ人入植以降の録音資料に目を向けました。ワックスシリンダー(蝋管)を使った録音が1900年代初頭にはじまり、トップエンドのアボリジナル音楽の収集は1948年に「American-Australian Scientific Expedition to Arnhem Land」によってスタートし、1950年代に登場した磁気テープ技術により1950年代~1960年代に数多く

6. ディジュリドゥの歴史2 - ディジュリドゥとシロアリ 後編

クイーンズランド州北部のディジュリドゥの伝播 クイーンズランド州のケープヨークもこのシロアリのVery Highに入っているものの、このエリアはパプアニューギニアに続くTorres海峡諸島の文化の影響が強く、オーストラリア本土のアボリジナルとしては珍しい「Poi」と呼ばれる片面ドラム、「Urlur」と呼ばれる植物の種をガチャガチャと鳴らす楽器が使われます。他の地域にはない打楽器が存在することでディジュリドゥが淘汰されたとも言われています(歴史的資料がないため正確性がありませ

7. ディジュリドゥのスペル

書籍やアカデミックな場ではDidjeridu、店舗やCDはDidgeridooが使われる傾向に ディジュリドゥは一般的に英語で「Didjeridu」、あるいは「Didgeridoo」と表記されることが多いですが、それ以外のいくつかのバリエーションで表記されることもあり、ディジュリドゥのスペルは定まっていません。 アボリジナル研究を行う政府組織AIAS(現AIATSIS)で、はじめてディジュリドゥという言葉がのった書籍が出版されたのは1963年でした。その時に使われたスペル

8. Didjeriduという名称の由来 1 - 文献由来説

Collet Bakerの手記に書かれた「didoggery whoan」 「Didjeridu/Didgeridoo(以下Didjeriduで統一)」という名称が使われるようになった理由については諸説ありますが、「Didjeridu」という名称を検証することができる歴史的資料はあまり存在しません。その数少ない一つがイギリス軍人Collet Bakerの残した手記です。 Collet Bakerは1784年生まれのイギリス軍大佐です。ノーザンテリトリー州の最北端にあるCo

9. Didjeriduという名称の由来 2 - オノマトペ説

ディジュリドゥの音そのものを表現したオノマトペ説 「Didjeridu」という名称がどのようにして付けられたのか?諸説ありますが、中でも有力視されているのが、オーストラリア初期入植者のヨーロッパ人たちがディジュリドゥの音を聞いて、その音色から名前を付けたというオトマトペ説です。 ノーザンテリトリー州で最初に開発されたのは州都であるダーウィン港で(1869年)、その後ダーウィン南部のパーマストンとパインクリークを結ぶ鉄道が敷設されます(1883-1889年)。北東アーネム・

10. アボリジナルの言語におけるディジュリドゥの名称

オーストラリアのアボリジナルは多言語集団 アボリジナルの人々は自分たちの言語でディジュリドゥをどう呼んでいるんでしょう?まずアボリジナルの人々の使う言語は単一ではないことを理解した上で、彼らはある領域ごとに住み独自の言語を持つ多言語集団であることを知っておきたい。 現在の言語マップとは異なる部分もありますが、特に内陸中央あたりの砂漠エリアの言語集団の領域が大きく、沿岸部の言語集団ごとの領域が狭く数が多いのがわかります。 アボリジナルは多言語でディジュリドゥの名称も多様

11. 音色で特定されるディジュリドゥ

前章ではアボリジナルの言語ごとにディジュリドゥの名称がちがっている点について触れました。各言語ごとに存在する名称とは別に、特定の音色や音程によって特定されるディジュリドゥが存在します。 彼らの言葉に注意深く耳を傾けていると、自分達の特定の楽器に対する音程やサイズや形状というわかりやすい特徴から、彼らの世界に属さない人からは理解できないような音の特性から楽器を峻別していることがわかります。 Wadeyeコミュニティの2種類のディジュリドゥ WadeyeコミュニティのWil

12. 特別な名前のついたイダキ

北東アーネム・ランドのイダキには、特別な名前がついた楽器があります。それってどういう事なのか、ややこしく感じるかもしれません。例えるなら梅干、たくあん、いぶりがっこ、奈良漬などは、それぞれ特定の素材を使って特有の製法で作られる食品ですが、大枠として「漬物」に内包されている、という関係性に少し似ています。 Galpuクランの二つの特別なイダキ 北東アーネム・ランドのイダキ・マスターD. Gurruwiwiは自らの氏族が所有する2種類の特別なイダキ「Baywara(稲妻)」と

13. アボリジナルの人々が共通してディジュリドゥを表す言葉「Bambu」

インドネシア語の「Bambu」と英語の「Bamboo」 アボリジナルの間では共通してディジュリドゥを意味する言葉として「Bambu」が使われ、トップエンドのいろんな地域でディジュリドゥを「Bambu」と表現するのを耳にしたことがあります。 この「Bambu」という言葉がなぜトップエンドのアボリジナルの人たちの間で共通してディジュリドゥを意味する言葉として使われるようになったのか。1900年代初頭までディジュリドゥの素材の中心は竹だったと考えられていることから、2つの可能性

14. ディジュリドゥのジェンダー問題 前編 - 女性はディジュリドゥを演奏してはいけない?

女性がディジュリドゥを演奏するのはタブー? 「女性がディジュリドゥを演奏するのはタブーである」とか「ディジュリドゥの音を聞く(演奏する)と妊娠しやすくなる/不妊になる」といった風説を聞いたことがあるかもしれません。 実際にぼくが訪れるトップエンドのアボリジナルの人々から上記のような言説を直接聞いたことがあるかと言えば、20数年の個人的な経験にはなりますが一度もありません。彼らがそういったことを女性に向かって話していることも、ぼくたちノン・アボリジナルに指導することも一度も