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コウノくんのこと

 かなり前に書いた文章ですが、自分語りのためアップしていませんでした。
 しかし記憶と記録の彼方に忘却される前に (多少の手入れをして) ここに残しておきます。
 先に言っちゃうぞ。よくある「ちょっといい話」です。
 
 
 
 僕はザ・イエロー・モンキー(以下イエモン)がわりと好きなわけだけど。
 イエモンを聴くと、いつもコウノくんのことを思い出す。
 僕は大学受験にことごとく失敗し、浪人して、予備校に1年間通ったのだけど、そこは勉強しにゆく予備校ゆえ、誰とも馴れ合う気になれなかった。むしろ不貞腐れて、孤高でいようと決めていた。
 それでも交流した人はわずかながらいたわけで、コウノくんはそのひとりだった。
 どうやって話すようになったのか。どちらから先に話しかけたのか。
 いっさい思い出せないが、無駄に孤高、無駄にシャイだったその頃の僕を思えば、きっとコウノくんからだろう。入塾順の学籍番号なんぞで並んで座っていて、隣りとか前後とかだったに違いない。前の席だった気がする。思ってみれば。
 コウノくんは、僕が昼休みにディスクユニオンに通うがごとく、足しげく向かっていたのをして「音楽が好きなんだね」と話題にしてくれた。そして彼が好きなのが、イエモンだった。ちなみに当時は「あのベスト盤」が出るずっと前だったし「イエモン」という呼称は定着しておらず、コウノくんは「イエローモンキー」と呼んでいた。
 僕は当時、イエモンを雑誌で読んで「武道館ライヴをした」だの、深夜番組のテーマ曲になっていた「LOVE COMMUNICATION」がなんとなく耳につく、ぐらいしか知らなかった。それでいて「黄色い猿なんて、ずいぶんとジャップ根性たくましいなあ」なんて思うぐらいだった。
 クールにキメようとしても僕が好きなBUCK-TICKを語るのに熱くなってしまうように、コウノくんもイエモンを熱く語った。
「最新曲の『追憶のマーメイド』は俺もなんか違うと思うけど、まずはシングルの『LOVE COMMUNICATION』を聴いてほしい。おすすめのアルバムは『smile』だ。ぜひ聴いてよ」
 それからちゃんと僕がイエモンを聴くようになったのは、収入と生活に余裕ができた数年もあと、音楽関係の仕事を始めた頃だった (今となってはそれも過去のこと) 。当時の僕は知ることもなかったけど、しかし確実にイエモンは肌に合った。
 その僕に、進路など決めていなくて、大して音楽に詳しくもなかった僕に、コウノくんはこんな話をした。
「文系の大学に行きたいの? 音楽に詳しいから、音楽関係の仕事を目指してるのかと思ったよ」
 僕はそのとき、それが数年後に的中するなど微塵にも思わなかった。
 そんなふうに話しながら、コウノくんとはあくまで予備校で話すだけだった。それほど仲がよかったわけでもなく、白けた予備校で時間を潰せる人物、ぐらいの関係。あとでいうバイト仲間や仕事仲間あたりに近い感覚だった。彼には予備校に友人もいたらしく、昼食をともにすることさえなかったし、僕が始めていた煙草も喫わなかった (未成年が大多数であるはずのその予備校に、当時は学生向けの喫煙所があったのです)。
 そんなコウノくんから、予備校も役目を終えて通学も終わったセンター試験前日あたりに、自宅に電話が入った。個人情報保護法のある現在では考えられないことだが。
「予備校の事務員さんに聞いて電話させてもらったよ。せっかく知り合ったのに、何も言わずに会えなくなるのも難だからさ」
 僕は正直、嬉しかった。僕自身、彼にさよならも言えなかった淋しさをなんとなく抱いていた。
「お互い、がんばろう。元気でね」
 それがコウノくんとかわした、最後のことばだった。
 予備校には他にも、名も知らぬ顔見知りの煙草仲間 (こともあろうか、コウノくんに話すために当時有名になったいた人物に似ていたので「ジョウユウ」と呼んでいた) もいたりしたけど、コウノくんは特別だった。なのに下の名前も聞いていなかった。
 彼を思い出すと、まさに一期一会というか、日本人的な感慨に包まれる。
 そのあとのイエモンの快進撃、露出過多、末路からの復活までをコウノくんはどう思っていただろうか。発掘映像やらリマスター音源やら復活後の新作を、いまでも買っているぐらい好きなのだろうか。大学進学はどうなっただろうか。結婚して家族がいるだろうか。
 何より、元気だろうか。
 せめて下の名前ぐらい聞いておけばよかったな、と思う僕は、そうして苗字しか知らない人には名前を聞く習慣がついたのである。
 ありがとう、コウノくん。
 こうして人との縁は、自分に何かしかのプラスになるのじゃないだろうか。この追憶の本旨はね、そこにあるんです。
 無駄な出会いなんてないんだよ。
 イエモンを耳にするたび、「一期一会」というマインドをもつ日本人に生まれたことを、素敵に思います。
 だから僕は、いまでもイエモンが好きなのです。
 僕の記憶に残る、ニキビ顔だけど痩せた笑顔が屈託なく素敵だった、髪型はいつも真ん中分けのコウノくんに惜しみない感謝と拍手を。
 
 SO YOUNG!

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