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世田谷一家殺害事件捜査で辞職した警視庁捜査一課「自白落としの天才」刑事

「完落ち・警視庁捜査一課取調室秘録」赤石晋一郎著・文藝春秋2021年4月発行

著者は1970年生まれ、週刊文春記者を経て、現在、フリージャーナリストである。

本書は、平成年間に「自白落としの天才」と言われ、捜査一課で難事件を解決した伝説の刑事・大峯泰廣氏のノンフイクション。同時に現在の警察組織の保身、官僚化に対する告発の書でもある。

一対一の対決、取調室の真剣勝負。それは技術でなく、人間性の真価が問われる。大峯泰廣氏は言う。「生まれながらの犯罪者は居ない。どんなに計画的、残虐な犯罪者でもモンスターを演じているに過ぎない」と人間を信じる。

序は、1985年、ロス疑惑・三浦和義の妻・一美氏を愛人の女性がホテルで殴打した事件の取調。日本国内でロス銃撃は逆転無罪となる。三浦和義氏は2008年2月、サイパンで逮捕され、同年10月ロス市警で首つり自殺する。

1984年、元警部補・澤地和夫の宝石商強盗殺人事件。退職後の飲食店経営に失敗、借金返済の殺人事件。これ以外にも金融業者女性も強盗殺害している。澤地は1993年に死刑確定、2008年獄中で病死した。

1989年、世間を騒がした宮崎勤・幼女4人誘拐殺害事件。異常犯人と言われた宮崎勤を取調し、犯行自白させた刑事として一気に有名となった。事件から5年後、父親は多摩川に投身自殺し、宮崎は2008年死刑執行された。

1990年の練馬区工務店社長3億円強奪事件の犯人・小田島鐡男の捜査をする。懲役12年の刑を受けた。
小田島は、その後に仮出所、マブチモーター社長宅放火殺人、歯科医師強盗殺人、金券ショップ社長強盗殺人で計4人の命を奪った。2007年死刑確定、2017年東京拘置所で病死した。

1995年3月、オウム地下鉄サリン・土谷正美の取調。筑波大学で有機物理化学を専攻、サリン製造責任者である。警視庁科捜研の協力を得て捜査する。宗教と科学、狂信と常識との戦い。

最後の事件、大峯泰廣が警視庁退職の原因となった事件、世田谷一家4人殺人事件である。

2000年12月の事件発生から5年後、2005年に大峯は「未解決担当理事官」に就任する。未解決事件を全面指揮をして、再捜査をやり直す統括者である。

大峯は犯人のDNA再鑑定を依頼する。DNAが「H15型」と判明した。これは母親が南欧白人、父親がアジア系黄色人種の特別のDNAと限定された。

同時に捜査内容再検討の結果、聞き込み調査の不十分、指紋調査の不正確、偽造報告書の提出などの不祥事が判明した。初期捜査が杜撰であった。

大峯は捜査進展のため、上層部にDNAの公開捜査を提案する。しかし誤認情報の可能性とプライバシー問題から拒否される。上層部の事なかれ主義、保身と決断力の無さに疑問を持った大峯は、2006年に定年まで2年を残す58歳で、警視庁を去った。

捜査一筋に生きた刑事、組織内の器用な生き方に対する反感、自由奔放な捜査を求める刑事には耐えられなかった。本人も言う「自分は組織には向いていないタイプだ」と。

上昇志向、忖度官僚が増え、信念に生きる警察官が生きにくい警察組織はまともではないだろう。1948年生まれ、JTに就職後、24歳で警察官になった男の一種ほろ苦い味のする生き様の書である。

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