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「黒い海」巻き網漁船はなぜ沈没したのか?

「黒い海・船は突然、深海へ消えた」伊澤理江著・講談社2022年12月発行

著者は1979年生まれ、調査報道グループ「フロントラインプレス」に所属するフリージャーナリストである。

2008年6月23日午後1時30分頃、犬吠埼沖350キロの太平洋上で、いわき市巻き網漁船・第58寿和丸135トンがパラシュート型錨で停船中、突然、2度の衝撃音と共に一気に右舷へ傾き、30分あまりで沈没、17名の命が失われた。

国土省運輸安全委員会は、事故から3年後の2011年4月、沈没の原因を三角波等の波による転覆、沈没と公表。船舶燃料タンクから推定流出量は約23リットル(一斗缶一杯分)と調査結果を発表した。

それは油で真っ黒に汚れた乗組員の遺体状況、生存者の証言とは全く矛盾する調査結果。生存者は脱出時、甲板に海水は全く流れ込んでいなかったと証言する。波の冠水で135トンの漁船が一瞬で沈没するだろうか?

著者は、大量流失した重油の「黒い海」、生存者の証言から、運輸安全委員会公表の沈没原因に疑念を持った。本書は沈没の真の原因を追究するドキュメンタリーである。

専門家の発言結果の検討等、一つ、一つの証言を積み重ねて、真の沈没原因を求めていく調査プロセスは迫力がある。著者の調査報道は刺激的、久しぶりに興奮するノンフィクションである。

著者は、沈没原因を船底破損による「米国潜水艦との衝突」の可能性にたどり着く。そこには軍事機密の厚い壁、官僚組織の事なかれ主義・リスク回避思考がある。

運輸安全委員会は真の原因追及より、最も可能性ある原因の解明により、再発防止することを主目的とする。先に結論ありきの「決め付け思考」になりがちである。

海難事故重大性の順位は、一位に旅客、二位に商船、漁船は最後である。17人死亡でもそれは変わらない。「板子一枚下は地獄」「漁船は金儲けで危険をかえりみない」との先入観があるのだろう。だからと言って杜撰な事故調査が許されるわけではない。

「事故」から「事件」へと探究する著者の行動は無謀かもしれない。空想かもしれない。しかし官僚組織の不作為、失われた命の尊さ、遺族の悲しみ、漁業界の苦しみを無視することはできない。真の原因を探究しなければ、真の防止策も立てられない。

本書も、最後まで真の原因解明は出来なかった。しかし著者は、今も運輸安全委員会調査資料の開示請求訴訟を続けている。米軍潜水艦記録の開示請求活動を継続する。結果は黒塗り開示ばかりである。

メディアは喉元過ぎれば、忘れ去り、次の新しい出来事を追う。これでは調査報道は生まれない。民主主義の成長、報道の進歩も無い。古い出来事の蒸し返しでも、プロセスの透明性の確保こそ、民主主義、国民主権の基本である。

最近、公文書捏造が話題である。司法でも証拠捏造による冤罪もあり得る日本。司法、政治、行政の信頼性、透明性が無ければ、日本自体が崩壊する。「忘れぽい日本人」には教訓となる書である。

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