中小企業のあるべきM&Aの姿

「会社を救うM&A、つぶすM&A・成功する中小企業の事業承継」中澤宏介著・合同フォレスト2022年12月発行

著者はデロイト・トーマツ・コンサル、大和証券のM&Aファイナンシャルアドバイザーで多くの大手M&A案件を経験、2018年、アドバイザリー会社を設立、独立した。

中小企業M&A案件は増加傾向にあるも、業界の実態は不透明で、プロセスも仲介業者に任せきりのM&Aが多い。一部仲介業者はM&Aを不動産売買の仲介のように考えている。

M&Aは売り手にとっては一回限りの売却である。加えて、M&Aは売り手の人生そのものの売却である。ゆえに価格だけでなく、従業員、会社の将来を含めた売却目的を明確にする必要がある。

中小企業経営者はM&Aの専門知識もない。相談相手は仲介業者のみ、仲介業者も売り手目線の姿勢を堅持する業者は少ない。アドバイザーと言っても担当税理士、取引金融機関しか見当たらない。彼らも専門知識を持っている者は少ない。M&Aは機密情報が多い。アドバイザーから情報漏れのリスクもある。

著者は中小企業M&A仲介業務のずさんな実態を目のあたりにして、その対策として本書を書いたと言う。

M&A業界は一種の弱肉強食の世界である。仲介業者は営業の始めは売り手に寄り添うが、プロセスが進むとリピート商売ができる大手買い手に寄り添う。

理由は、仲介手数料はすでに一部着手金で受取済、成功報酬の多寡より、売却手続きのスピード化と買い手からの報酬手数料を天秤にかける。迅速に売却出来、うまく行けば、買い手から次の仕事が貰えるからだ。

政府も2020年、中小企業成長促進法を施行、中小企業の事業継承促進と中堅企業への成長を目指す。内容は、M&A時の税制優遇、事業継承時の経営者個人保証の削除制度である。しかしこれは保証協会融資に限定、民間銀行融資には及んでいない。

日本の中小企業数は360万社、うち後継者不在企業は61%を占める。経営者の平均年齢は62歳。多くは従業員20名以下の小規模企業者である。

M&A仲介業者にとって「良い案件」とは、営業利益が増加傾向にあって、買収価格が高い売り手案件である。

買収価格は時価純資産額+営業利益3年分で決まる。更に従業員数が少ない案件は買収メリットが無く、少なくとも従業員30人以上は必要だろう。

時価純資産額も最低でも3億円は欲しい。仲介業者の成功報酬はレーマン方式。買収価格に5%など、一定比率掛ける方式。価格の少ない案件はメリットがない。ゆえに手間をかけずに簡単に売却したいのである。

中小企業M&Aの8割は株式譲渡(法人格の売買)、残りの2割が事業譲渡(企業資産の売買)である。前者は金融税率で、後者の所得税率より税金が安い。半面、前者は簿外負債、未払い時間外賃金等、将来リスクが発生する。ゆえに買収監査(デューディリジェンス)が重要となる。

ここに中小企業M&A業界の未成熟、仲介業者の玉石混交が生まれる原因がある。政府も中小企業の事業継承推進を叫ぶが、実態の環境整備と法制度が伴っていない。

金融機関も事業継承を応援する。だが全国ネットまでとは言わないが、地域ネットワークすら整っていない。本部にM&A専門部隊が居るのは良い方である。仲介業者への紹介でお茶を濁す金融機関も少なくない。

流行のM&Aに対する警鐘の本としても、中小企業経営者のM&A知識、手順を勉強するにも適した本である。

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