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夏になると思い出す、よくわからないモノのこと

(著者)バカ公園・夢

僕がかつて住んでいたアパートには、よくわからないモノがいた。
当時住んでいたのは、古くも新しくもない一般的な2階建てのアパート。
僕は階段を上がってすぐ、201号室に住んでいた。
2階には僕が住んでいる部屋を含めて、全部で4部屋ある。
廊下に対して、進行方向に向かって左側に201〜203号室とならび、
突き当りに205号室がある。
よくわからないモノがいるのは、205号室の前だった。

蜘蛛アパート

当時のことを思い出しながら書いてみようと思う。

たしか、2017年7月の末頃だったと思う。

夜の8時頃。仕事から帰ってくると、205号室の前に、女が佇んでいた。
薄汚れた灰色のスウェットの上下を着て、髪の毛は腰くらいの長さ。
こちらを向いてはいるが、ボサボサの髪が顔にかかっていて表情は見えない。靴は履いておらず裸足だった。
205号室の住人か?それとも、住人の知人かなにか?と思い、あまりジロジロと見るのははばかられたが、つい見てしまう。
気味が悪かったので、妙に印象に残った。

それからしばらく、女はそこに居た。
朝も、昼も、夜も。明らかにおかしいと思いつつ、
あまり気にしないようにしていた。

その女が生きている人間じゃないと確信した出来事があった。
彼女が佇んでいる先にある部屋、205号室。
その部屋の住人が帰宅するタイミングにちょうど鉢合わせた。
住人は205号室に向かってどんどん歩いていく。
まるで、女が見えていないかのように。
住人は、女の身体をすり抜けて、部屋に入っていった。
現実を突きつけられた僕は、頭が真っ白になった。
住人と、彼女が会話でもして、一緒に部屋に入ってくれればよかったんだけど…。


その日以来、僕はその女をあまり見ないようにすることにした。
霊とかそういう類のものって、自分の存在を認識してくれる人に憑いてしまう、みたいな話をよく聞くからだ。
幸い、女はこちらに何かしてくるわけでもなく、ただそこにいるだけだったので、僕はあなたのことなんて見えていませんよ、という感じで日々を過ごした。これまでチラチラ見ちゃってたけど。
205号室の前に佇む女、そんなモノなんて居ないかのように生活する僕。
こんな生活が、1週間ほど続いた後、さらなる異変が起こる。

その日も、いつもの通り仕事を終えて、夜の8時頃に帰宅。
アパートの階段を上がり、見るともなしに女に目をやると、女は大きな蜘蛛になっていた。
女郎蜘蛛のような形をしているけど、身体の色は灰色。
女が着ていたスウェットと同じ色。女が蜘蛛になったんだな、と思った。
あまりにも信じられない光景を目の前にしているのに、妙に冷静でいられたのは、脳の処理の能力が追いついていなかったからなのかもしれない。

また別の日、確か休日だったと思う。
外での用事を済ませた僕はスーパーかコンビニに寄った。
アパートへの帰り道、突然の夕立に襲われて、全身びしょ濡れになりながら
アパートにたどり着いた。
階段を上がって2階の廊下にでると、バリバリと音がする。
蜘蛛が何かを食べている。よく見ると、巨大な蜂だった。
ものすごく大きな蜂。形状はおそらくスズメバチだったと思う。
でも、いくらスズメバチとはいえ、あんなに大きなものはこの世に存在しない。
昔、木曜洋画劇場でよく放送されていた、モンスターパニック系の映画に出てくるような感じのサイズ感だった。
スズメバチは生きたまま食べられているらしく、6本の足をジタバタとさせながら、ブブブブブブブブブと羽音を響かせていた。
蜘蛛って、あんなふうに昆虫をバリバリ食べるものだっけ?
巣に引っ掛けて、糸でぐるぐる巻いて、動けなくなった昆虫の体液を吸うとかそんな感じじゃなかった?
その夜は、夕飯が喉を通らなかった。


8月も半ばに差し掛かった頃。
最も最悪なことが起こった。僕の記憶に最も強く焼き付いてる出来事だ。
その日、205号室の前にいたのは、蜘蛛でもなく、女でもなかった。
蜘蛛と女が混ざっていたのだ。
身体の作りは蜘蛛、パーツはところどころ人間のものが混ざっている。
8本ある足のうち、1本は、根本の付近は蜘蛛のものだが、中央あたりからは人間の肘から先になっている。
先端にはしっかりと人間の手がついており、指も5本そろっているように見えた。

蜘蛛の背中にあたる部分には、女の顔が埋まっていて、
本来、蜘蛛の顔がある部分にはしっかりと蜘蛛の顔がついている。
蜘蛛の顔部分が女の顔になっていたら、僕は耐えられなかったかもしれない。
この姿が脳裏に焼き付いて離れない。
いよいよ精神的に追い込まれてきたのか、ほとんど眠れなかった。
翌日、僕は仕事を休んでしまった。部屋から出るのが怖くて怖くて。


脳裏の焼き付いて離れない、人間と蜘蛛が混ざったあの姿。
何か、記憶の中に引っかかるものがある。
ぼんやりと浮かんでくる記憶の断片を、なんとか手繰り寄せてみる。
蜘蛛、人間、蜘蛛と人間が混ざって……。
子供の頃に、こいつを見たような気がする。
ものすごく気持ち悪くて、怖くて…。
そんな記憶があるような、ないような……。
………なにか……なんだっけ…。


時オカ……?
時オカ!?
時オカ!!!!

「ゼルダの伝説 時のオカリナ」!!!
ニンテンドー64専用ソフト「ゼルダの伝説 時のオカリナ」!そうだ!

ゲームの序盤、デクの樹サマの中で甲殻寄生獣「ゴーマ」を倒した後、
これまで世界のすべてだったコキリの森から、広大なハイラル平原へ飛び出し、ハイラル城に忍び込んでゼルダ姫にあって…。
なんやかんやあった後、訪れるカカリコ村。
カカリコ村の中央付近に小さな家があって、入ってみると、中は薄暗くて蜘蛛の巣だらけ。
部屋の中央に近づくと、シュシュシュシュシュッと天井からスタルチュラ(蜘蛛のモンスター)が降りてくる。しかし、そのスタルチュラは、通常とは違って、なんと人間と混ざった姿をしている。
話を聞くと、呪いでそのような姿になってしまったとのこと。
部屋の四隅には、彼の子供たちもいて、
彼らも同様に、呪いによって蜘蛛の姿にされている。
彼らの呪いを解いて人間に戻すには、世界中に散らばっている黄金のスタルチュラを倒し、「しるし」を集める必要がある。

今になって思うと、なぜだかわからないが、僕はこの「しるし」を集めれば
あの蜘蛛のような女も元の姿に戻る、あわよくばあそこから居なくなってくれるのではないかと思った。

すぐにネットでニンテンドー64と「ゼルダの伝説 時のオカリナ」を購入し、「しるし」集めを始めた。
以前プレイしたのは子供の頃だ。それから随分と時間が経っているため、記憶が曖昧で、とても自力ですべての「しるし」を集めることなどできそうもない。
そもそも、僕はスタルチュラハウスが怖くて近づけなかったため、ちゃんと「しるし」を集めた記憶もない。
なんだか良くない気がしたが、仕方なく攻略サイトを見ながら、一心不乱に「しるし」を集めていった。
無理を言って仕事を数日間休み、僕はすべての「しるし」を集め終えた。

カカリコ村のスタルチュラハウスでは、
もとの人間の姿に戻った家族が嬉しそうに両手を上下させたり、
独特なリズムで身体を左右に揺らしたりしている。
よし、これであの女も…!
そう思って部屋を出て、廊下を見る。

全然いる。普通にいる。しかも蜘蛛と女が混ざった姿のまんま。
攻略サイトを見ながら「しるし」を集めたのが良くなかったのか?
いや、違う。そもそも、こんなことをしても意味がなかったんだ。
なぜこんなことであの女がなんとかなると思ったのだろうか。
あの頃の僕は、なにかおかしかったのかもしれない。

8月も終わりに差し掛かる頃。
蜘蛛のような女は唐突にいなくなった。
まるで最初からいなかったかのようだった。
数日間、様子を伺ったが、やはり現れなかった。

それからあの女が現れることはなかった。
僕はと言うと、仕事の都合もあり、引っ越しをすることになって
春先にはアパートを後にした。

季節がめぐり、今年もまた夏がきた。
あの女は、また205号室の前に佇んでいるのだろうか。
女の姿をしているだろうか。蜘蛛の姿をしているだろうか。
それとも、どちらもが混ざった姿をしているのだろうか。
まるで呪いにかかってしまったあの家族のように。



ここまで書いたことは全部ウソだけど、
「ゼルダの伝説 時のオカリナ」は本当に名作なのでぜひプレイしてほしい。

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