帰りのタクシー

 12時を過ぎたらタクシーを使うようにしている。一刻も早く帰って寝たいからだ。タクシーでは、 運転手が話しかけてきたら、あたかもその話題に興味あるかのように話す。
 バイトの忘年会の三次会のカラオケを抜けた時、深夜3時を過ぎていた。タクシーが全く走っていない。1時間の徒歩を覚悟したが、10分ほど歩くとタクシーが来たので手をあげたが、止まってくれなかった。なんだよと思ったが、数十メートル先でそのタクシーは急に止まり、ドアが空いた。支払いが終わって誰か出てくるのかなと思ったが、誰も出てくることはなく、隣を通り過ぎようとした時、「乗らないの?ええ?」と少し怒っている口調で言われ、「すみません」と言い、乗車した。なんで私が謝らないといけないのか。
 行き先を言うと、タクシーは走り出したが、同タイミングで運転手も話しかけてきた。

 会話を切り出すのが早い!

 ミラー越しに目が合い、話しかけてきているのはわかるのだが、全く何を言っているのかわからない。母音しか聞き取れないのだ。そして、必ず質問し終わると「えーー?」と言う。深夜3時過ぎで、もう眠い。頭が働かない中、必死で運転手が何を話しているのか理解しようと耳を澄ました。どうやら、「この時間帯に乗る女はクソ野郎が多い」と言っている。私は女ではないので、クソ野郎認定は避けることができた。運転手はずっと怒っている。金を払わない客がいるらしいのだ。「未払いは今までいたんですか?」「いないよ。えーー?」えーー??いないんかい。じゃあ、何に怒っているのさ。

話題が、急に変わり「日本の英語教育」について熱弁し始めた。クソ女の話から、随分堅い話に変わったな。「お兄ちゃん、英語話せる?えーー?」「まぁ、少し話せます」と言うと、英語で話しかけてきた。もちろん、語尾には「えーー?」である。しかし、全っっっく聞き取れず、呆然とした。そもそも、日本語で何を言ってるのかわからない状態なのだから、英語でわかるはずもない。わからないまま、愛想笑いしてひたすら頷くことしかできない。すると、「お兄ちゃん、馬鹿だね」

えーー?

 嘘だろ。タクシーの運転手に急に馬鹿にされたのである。初対面の客に、よくもそこまで言えるな。それに語尾の「えーー?」はどうした。私は少しイラつきながら「発音が悪くないですか?現地の人にも通じませんよ」と言ったら、目的地に着いていないにも関わらず、運転手はタクシーを脇に寄せた。紙に英語を書き始め、辛うじて読める年季の入った汚い字を私に見せてきたのだ。「読める?えーー?」私は、ドヤ顔で流暢に読んでみせた。

「違う!!」

「何が!」と思ったが、なんとかその言葉を飲み込んだ。「これはね、こう読むんだよ。えーー?」私は、呆れて「そうですかぁ」と言い放ち、再びタクシーを走らせた。

 「私がなんで英語できるかわかる?えーー?」
「えーーー?」で吹き出してしまいそうだったが、「わかりません」と一言。
「私はね、毎日英語のラジオを聞いているんだよ、えーー?あと、英語の新聞も毎日読んでいるのよ、えーー?」「毎日はすごいですね。反復大事!」と子供にアドバイスするかのように言った。

  もう我慢の限界だ。未払いのクソ女の気持ちが理解し始めていた。家の少し手前でタクシーを止めた。会計を済ませたが、ドアを開けてくれない。逆に運転手が降り、後ろのトランクを開け始めた。待て待て、先に降ろせ。すると、後部座席の逆側のドアが空き、私の横の座席に毎日読んでいると思われる新聞をパーーっと並べ始めるではないか。勘弁してくれ。誰か助けて!と叫びたくなったが、「これ読んでみて?えーー?」と言われ、これで最後だぞ、クソジジイと思いながら、再び流暢に読み上げた。

「違う!!」

「だから何が!!」「これはこう読むの!!」
もはや、チョコレートプラネットのコントをやっているようだ。キリがない。「もう、僕馬鹿なんでわかりません」と言うと、運転手は車が止まっている脇の草むらで、ションベンし始めた。正真正銘の悪夢だ。もう、状況の収集がつかない。タクシーを降りると、最後に運転手に笑顔で肩をぽんぽんと叩かれた。

「えーーーーー?」である。

 最後の最後で、局部を触った洗っていない手で触られたのだ。私は、カラオケを途中で抜けたことを心底後悔した。今でもあの肩の感覚を思い出す時がある。そして、あれ以来、タクシーで運転手と話すことをやめた。

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