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釜入れの風景

やっと、釜入れからの流れが書けました!
何しろまだまだ、うちの店の働き方改革は始まったばかりなので…。細切れの時間を見つけて、書いてます。以下第四話。


パン屋の仕事は、山登りに似ていると思う。ひたすら登る。薪釜の温度を上げていく。そして山頂に当たるのが、釜入れの瞬間なんじゃないか、と思った。

薪釜の温度が上がりきったら、ひと呼吸おいて、集中して、パン生地をひとつひとつ窯に入れていく。見ている方も思わず背筋が伸びてしまう。パン籠をひっくり返し、生地をパドルのような形の、ピールと呼ばれる道具に乗せる。すばやくクープを入れ、クープナイフをぱっと口にくわえ、窯の扉を開けると同時にピールを釜の奥に差し込んで、ピールのみをスッと引き、生地を中に置いてくる。

「クープの入れ方は、漫画のバガボンドを参考にするとよい」らしい。宮本武蔵が剣の修行で、雪だるまの首を細い木の枝で切り落とす場面があるそうで、それを参考に…?? なんだか謎かけみたい。そのココロは、「パン生地が切られたことに気付かないように切る」ということらしい。確かに田村さんの手つきを見ていると、生地の抵抗を感じない。生地からしてみたら「なんか風が吹いた?」くらいな感じかもしれない。

流れるような動作。窯の入り口に取り付けられたライトが、まるでスポットライトのように、パン生地と田村さんを照らしている。これが、電気やガスなどが無い大昔から作られていた薪釜パンの手法なのだ。田村さんの背中を見ながら、昔々のヨーロッパのパン職人たちを想像して重ね合わせていた。

パン籠から取り出されたパン生地は、おくるみにくるまれた赤ちゃんみたいにも見えた。特に「ブロン」という楕円形の大きなパンは、いちばん赤ちゃんらしかった。クープ入れの手間さえ省く成型で、生地を巻きずしのように丸める時、最後の部分を手元に収める前に粉をふっていた。ふつうはここをきれいにつなげるために粉はふらないのだけど…と思いながら見ていたけれど、焼き上がったパンを見て理由がわかった。粉をふった部分が、成型では下になるけれど釜入れのときに上になる。そして粉をふったためにくっついていない部分が薪釜の中でランダムに立ち上がり、不揃いで色々な顔の、カッコいい割れ目になっているのだ。

「おおー、クープまで省きますか。しかもこんなにカッコいい焼き上がりで!」と、感動。ほんとにパン屋の仕事って、こまごまと沢山の過程が積み重なっている。「働き方改革」をするためには、当たり前のようになっている仕事も「これって必要?」と、振り返って見なければいけないんだなと思った。それにしてもこの手の抜き方は、いかにも田村さんらしい自由さを感じた。

釜入れが終わると、先ほど仕込んだ生地の分割成型。研修生が生地を分割し、田村さんがぱたぱたクルクルと成型してパン籠に入れていく。

そのうちにタイマーが鳴り、焼き上がったパンを取り出す。しっかりとした焼き色がついて、パンの底の部分はほとんど黒に近い色だ。すばやく取り出して、底の部分を小さな箒で払い、棚に並べていく。すべて出し終えると、薪を足すことなく、少し低温で焼くブリオッシュを型ごと窯に入れて、また成型作業に戻る。

1キロや2キロの大きなパンが、一度に最大80個も入る大きな薪釜。いくら売り切れが続いても、薪を足して2回目、3回目と焼くことはない。1日にひと窯だけ、というのも田村さん流。

8時40分ごろ、最後のブリオッシュが焼き上がった。香ばしいかおりがパン工場に漂う。

パンの焼き上がりと並行して、無人販売も始まる。パン工場横のスペースで、焼きたてのパンを買えるようになっているのだ。
「ここは、工房の為、無人販売となっております。パンをご自由に手で袋に入れて下さい。料金はカゴに入れ、おつりもご利用ください。おかまいできず申し訳ございません!!(お札のおつり等おこまり事は声をかけて下さい)」
と、書いてある。ワインの木箱に、パンがそのまま入れられる。ぱらぱらとお客さまが訪れ、パンを求めていく。作り手はお客さまのご来店を感じつつも作業に集中できる。これもまた、合理的。

9時過ぎにはすべての成型も終わり、成型した生地はルミナスの棚ごと冷蔵庫へ。ここまででスタートから約5時間。

ここからは後片付け。田村さんが楽しげに大きなボウルなどを洗っていく。洗剤は使わないし、洗い物だって、細かいものを含めても20個くらいなんじゃないか、というくらい少ない。作業台の粉を集め、床に落ちた粉を箒ではき、丸い形のモップを取り出してきて「これ、使いやすいんですよー」といいながら、これまた楽しげにモップ掛けをはじめた。

研修生は、パン籠を薪釜の余熱で乾かしたり、ブリオッシュの型の手入れなどをしている。

それも終わると、流しにEM菌を流して片付けも終了。

さらに、コーヒータイム! その日は取材のひとも途中から来ていたので、4人でコーヒーを飲みながら話す。これまた、パン屋の作業場とは思えない、ゆったりとした空気が流れる。

パンの粗熱がとれたところで、八丁堀の店へパンを運ぶ。ワイン箱に詰め込んだパンを軽ワゴンの荷台に積み込み出発。車内は焼きたてパンの香りに満たされ、なんだかとっても贅沢な気分だ。パンと一緒に、賑やかにおしゃべりしながら店へと向かう。ほぼ同時に、販売担当の奥さんのフミさんと、スタッフのかたも到着。

店には、すでにお客さまが3人ほど並んでいた。まだオープンの12時までは30分弱ある。お客さまが並んでいるからといって慌てることもなく、丁寧にパンを棚に並べていく。

並べていると、割れ目のできていないブロンがあった。
「これは、どうしてこうなったの?」と、奥さん。
「えーと、これは一生懸命作りすぎたからかな」と、田村さん。
「え? 意味がわからないんですけど」と、奥さん。
「えーと、だからこう力が入りすぎて…」
おふたりの力関係がちらりと見えたようで、思わず笑ってしまった私たちなのでした。

解散となり、子どもたちと合流して公園で食べた、焼きたての「くるみいちじく」のパンは、格別の美味しさでした…! がっちりしたパンを「えいやっ」とちぎり、子どもたちと奪い合うようにして食べました。いちじくもくるみもゴロゴロ大きく入っていて、作り手の大らかな気分が伝わってくる素敵なパン。

これで見学の一部始終のお話は終わりです。次は働き方についての考察を…と思っています!

satomi

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