生きる使命

毎年この時期になると生と死について考えます。

世界中に壁なんかなくて、文化、男女、歴史、アイデンティティを尊重して誰もが平等な教育を受けられる世界。
誰もが平等に安心して暮らせる世界。
誰もが思い思いの夢を描いて追いかけていける世界。
シンプルに本当に全部が平等で争いがない世の中がいいなと

8月6日広島に、8月9日長崎に原爆が投下。
両親の故郷は広島と福岡。
だいぶ昔に聞いた話だけどおばあちゃんのお兄さんは
原爆で被爆してなくなったと。
たまたまその日広島市の方へ出かけることがあって、
家には帰ってきたけれどそのあと亡くなったと聞きました。

そして、

8月9日本当は長崎ではなく小倉に落とされる予定だった。
いわゆる福岡県北九州市。私の地元です。
大きな兵器を作る工場があったから
当日小倉に落とす予定だったけれど雲が多かったため
長崎へと落とされた。
一瞬で多くの尊い命が奪われました。

小倉に落ちていたらおじいちゃんはいないし
お母さんもいない。もちろん私もいない。
何かの歯車が合わなかったり少しのタイミングのずれで
生と死がうまれる。
命ってすごくかけがえのないものだけど儚い。

ご先祖様から繋いでくれた命、授かった命を大切にして
意味あるものに投資しよう思いました。
戦争は見てもないし、経験もしてないけど
生かされている命を粗末にはできない。
身体に入れなくていいものは入れない。

生きていられるのは海、山、川、大地、太陽、月、地球があるから。その地球を汚すことはしたくない。

そもそも人同士が争っている場合ではないし、
もっと大きな目で見ないといけない。
偏見や思い込みで物事を考えたくないから自分が見たもの、聞いたもの、経験したものを信じる。
だからこそ健康が大事だし地球環境も大事。
だから食だし、だれと過ごすか人が大事。

自分でも感覚や直感型ってよく言うけど適当とか
そういう意味ではなくてもっと深い、自分の原点、
心の性格、根源から求めているものが
居心地の良さを感じて動いている。
「居心地悪!」って思ったら結構ドライな部分もあるかも。感覚派の人ってそうじゃないかな。
深く考える前に全部がスパーンって繋がって
心地よさを求める。
その背景には生まれ育った環境、夢、これまでの出会いと
学び、経験があってその延長線上。まさに今ここ。
過去からの延長線上を作っている。

一生に出会う人の数は限られているから
自分とご縁がある人は大切に。
授かった命を全力で尽くす。
人も地球も動物もみんな分かり合える世界に戻るように
誇りを持って生きようとさらに強く思いました。

誰しも生まれてきたからには
使命をもって生まれてきていると思っているし、
授かった命をどこにどう使うかは自分次第。

本当の平和を願って。

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