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「アンダー・ザ・メルヘン」18

その29 アンダー ザ メルヘン
      BY トラグス

 やって来たのは迫田だ。巨体を気持ち悪く揺らしながらガニ股で、また今日は一段と偉そうだな。いや、足が閉じないからそうなるのかな。
 しかも何だろうな。口からか、どっかからかは知らないけど「ゼェゼェ」聞こえるな。しかも喋りながらも聞こえる。芸だな。
 ここの倉庫は少し暗いから色んな所に陰影が出来る。そのせいで肉の芸術が出来上がってる。その光景(ついでお察しでしょうが陳腐だろうがまあ一応、しゃべるたんびに下あごがブルブルブルブルブ・・・)たるや傑作だ。カメラ持ってくりゃあよかったな。マニアなら結構な値段で買ってくれるだろう。
 しかし臭いな。言っておくがこの匂いは本当の匂いだ。まじで臭い。
 いやそんな事よりも
「あんた今何て言った?」
「知らんとは言わせんぞ。ただの情報屋かと思っていたが、奴の仲間だったとはな。しかもNO・1の形見を7の死体と一緒に表に晒すとは。お前らの目的は何だ。」
 偉そうに言っちゃって。震えてるじゃんかよ。何なんだこいつ。
「あのなあ、あんたがイカれてるのは俺も知ってるけど、いくら何でもサラエルはないだ・・・・」

 ・・・・何だ。
 俺は突然背中を太いナイフで切られたような殺気を感じた。しかもこれはモノが違う。迫田の奥の暗闇に誰かが・・・、いやこれは迫田の物か?いや違うだろ。誰だ。
 そう思った途端、迫田がゆっくりと倒れた。背中からは血がかなりの勢いで流れ出ている。
 すげえな。いやだって、ピューって・・。
 そこに立っている人を見て俺は驚いた。
 ロゴスだ。
 ロゴスの物凄い殺気のこもった目を見て、俺は頭が少しパニックになりながら中島を連れて大急ぎで隠れた。その時、ロゴスに初めて会った時の事を思い出した。

 この人には匂いがない。

 その時は何故か納得した。この人は自分をコントロールできる人なんだと思った。
 違う。大体匂いのない奴なんている訳ない。
 こいつ、匂いをコントロールするんだ。
ああ、納得だ。7を殺したのはこいつだな。殺気もコントロールか。気付かれずに奴に近付ける訳だ。この異常な殺気で分かる。何て奴だ。リミッターが外れたような感じだ。近付いたら消し飛ばされそうなくら・・言葉多いな。
 それにしても凄えな。雄叫び聞こえてきそうだな。
 でも良かった。銃を持って来といて。いやあ、銃で大丈夫か?大砲ぐらいないと。
 というか、何で俺なんだよ。気のせいだって。誰か奴に言ってくれ。いくらだ。いくらでやってくれる?さっき言ってたやつ。ジョーカ―だよ。ほら引け。
「麻里子。君には謝らなければならない。君の兄さんが僕の身代りになってくれたんだ。」
 あぁあ、何てこった。
「本当は君達を別々に殺すつもりだったんだが、まさかね。手間が省けたよ。」
 もう一回言うぞ。何で俺が。俺何もしてないじゃんかよ。質悪いぞこいつ。今誰だ。俺の事ジョーカーって言った奴。
 それよりも・・・。おいおい、この女、ヤル気満々の顔してやがるな。
 出るなよ。頼むから。マジで。殺されちまう。
 さあ、ここをどう切り抜ける・・・。
 考えろ、考えろ・・・。こんな時に思うな。勉強しておけば良かったって。いやあ、こういう事への対処の仕方なんて学校じゃ教えてくれないだろ。・・・どうする。



 その30 蟻の中の象
      BY サラエル

「お伽噺じゃないんだ、気って。目には見えないけどその空間を満たしている物と言われている。」

 常識的感覚というのは、社会生活を送る上でのパスポートの様なものだ。なければどこへも行けない。不備があれば怪しまれる。
 それは普通の人生を送っていれば自然と自分の手元に回って来る。でもいつまでたっても回ってこない人間がいる。それどころか、奪われたり、燃やされたり、捨てられたり・・・。
 僕はその抽選にもれたんだ。
 父は周りの人達を信用していた。細かく言えば人、というよりも言葉を。今から考えると、裏の父と呼ばれていたにしては純粋といってもいいほどの人格だったかもしれない。
その頃の僕には説明が出来なかった。自分だけにしか見えないなんて思いもしなかった。
気が違う。その頃は色で判断していた。それでも僕は怖くて何も言えなかった。突然色が変わる。まるで取りつかれたように何かを求めて。

そしてその日が本当に来た。僕が12歳の時だった。
 人が、いわゆる人が剥がされていくようだった。それは見てはいけないものだと思ったが、僕は動けなかった。僕は気持ち悪くて、体が熱くて、気を失いそうになった。
 その時、僕の中で何かが弾けた。いや、とっさに掴んだ。僕はもうただ夢中だった。
 僕は最後、疲れてしまって力が足りなかった。剥がされ尽くして人ではなくなった物。その個体の境目がなくなってひとつになった物がただそこにある。そんな部屋の中、生き残ったのは僕ともうひとりだけだった。そいつの顔を僕は忘れない。
 あの迫田という警官の顔を。
 僕は奴の左腕しか潰せなかった。

 その後、僕は色々な人間の元をたらい回しにされた。最初は僕が生きている事を隠すという名目だった。事実、僕が死んだという情報を流してもらった。
 僕を匿ったのは父の知り合いだった人達だ。彼らは父が生きていた時とはまるで別人だった。皆父の事が怖かったんだろう。
 僕はその息子。憂さ晴らしをするには格好の相手。そう思ったのかもしれない。
 生きていてもしょうがない奴。彼らはそんな目で僕を見た。そして僕に対してそういう扱いをした。
 本で読んだ事もあった。多重人格者の話だ。でもそんな事にはならなかった。
 僕は自分の身に起こった事をすべて見て、すべて覚えた。逐一。何よりも、もう少しで完全に掴めそうだった。その内、あの日を思い出した。
 またあの感じ。気持ちが悪くて、体が熱くて、気を失いそうになった。でもこの時は、僕は何とか正気を保てた。
 物凄い力が体の中から湧き上がってきた。体が張り裂けそうなくらいだった。
 次の日起きると、自分の周りの空気が変わった事に気付いた。そしてその空気が動いたり、変わったりした。愛おしい感じだった。血の匂いなんか全く気にならなかった。
 その空気をコントロールするまでさほどの時間はかからなかった。

 これにより、僕はどこへでも行ける様になった。でも人が生きるにはやはり何かしらの理由がいるようだ。
 僕は考えるまでもなかった。
あの顔だ。
人というものは時に自分が生きているという事を忘れる事がある。絶対的な死を人の目の前に出してあげるといやでも出てくるものがある。それが本音というものだ。

 僕は違う誰かになる事にした。僕はどこにも存在しない人間だから。
 それよりもその方が何かと面白い。

 ミスターヤマダが以前していた、いかがわしい仕事があった。そうとは知らず多くの表の人がアルバイトをしていた。その中にも僕はいた。
 僕はそこで初めてミスターヤマダを見た。すぐに思った。彼は使える。だから追い詰めるのはやめた。
 その時の仕事で僕は一人の男と出会った。名前は中島芳雄といった。彼は妹思いの優しい男だった。
 僕が人を追い詰めたのはこれが初めてだった。僕はこれで完全に死んだ事になった。

 でも人を追い詰めるうちに気付いた事がある。ただ追い詰めるだけじゃ味気ない。そこに因縁が絡んでくると更に面白くなる。
 ようやくこの頃から人生が楽しくなってきた。

 僕は結局裏で生きる事に決めた。何とも魅力的な場所だと思った。
 ある日の事、僕は裏で思いもよらない奴に出会った。迫田だ。奴は僕がまだ生きているかもしれないと思っているみたいだ。その為に裏に来て色々調べているらしい。僕への復讐か、まだ裏の支配なんて事を考えているのか。
 それはそうと、面白い奴を一人見つけた。  
7でさえ殺せない奴。早く彼を追い詰めたい。どんな顔をするか。後は実行に移すタイミングだ。

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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