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「アンダー・ザ・メルヘン」12

 その20 診断書 迫田一郎 医師ロバート・ウォーデン

『ふざけやがって。どこのどいつだ。八つ裂きにしてやる。』

 客観性。それは個人の中に存在する社会の事だ。似たような捉え方をするのが宗教家である。彼らはそれを神と呼ぶ。
 自分の心の中に住む神に祈りなさい、と。

『もうすぐだ。もうすぐ。・・・もっと速く走れないかこの車。』

『ああ、そこだ。・・・クソ。そうか、車をどこかに停めないと。まさかアジトの前に車を停める訳にもいくまい。』

 社会とともに、もうひとつの重要な要素。それは愛である。愛の存在を感じる事だ。これは自らが発見、発展させなければならないものである。

『暑い。歩くのもしんどいな。ここからどのくらいだった。しかし暑い。・・・そういえばあの時もこんな暑さだったな。』
 
 そこにあるのに見えないというのは恐ろしい想像を生む。

『暑い。やめろ。熱い。やめてくれ。焼けそうだ。左腕が痛い。指の先が。何故痛む。・・・くそ。イライラする。震えが止まらん。』

 精神に異常をきたしているように見えるのは、客観性が著しく欠如している場合が多い。

『このクソガキ・・・。殺すぞお前。・・・こっちに来るな。何なんだこいつ。・・・この匂い、臓物か?いや、俺のか?これは。俺の臓物か?』

自己の中に発見する。そしてまた他者の中に投影する事によってさらなる愛の発展を促す。

『その時、俺は生まれて初めてそれを見た。ずっと自分がそうだと思っていたものを。人の悪夢が生み出したもの。それは理屈じゃない。何を言おうが無駄だ。闇を背負うのとは違う。闇の中から出てきたんだ。』

人間というのは所詮人工物に過ぎない。よって自ら作っていかなければ生きてはいけないものだ。それはおかしいのではない。言うなれば枠の問題だ。

『気持ち悪い。吐きそうだ。体が・・・、動け。早く動け。殺される。』

それは様々なものに適用される。精神と肉体もまた然り。それを越えていく。そこには境目など存在しない。時には生死も問題にはならない。

『まさか・・・。探したんだ俺は。何度も何度も。本当に生きているのか。確かめないと。大変な事になる。』



その21 あと片づけは迅速に

 裏には処理班というものがある。それは様々な後処理をする人間達の事である。
「後処理は迅速に」
 処理班達は常々そう言われている。何故なら表の目にはあまり触れさせてはならない物が多いからだった。その為、ある程度経験を積まなければこの仕事は出来なかった。
 7の殺害現場はその最たる例である。

全くと言っていいほど生活感、というよりも特徴のない部屋の中に横たわっている7の死体。
この、7が実際に住んでいた場所に派遣された一人の処理班は裏という空間の更に一歩奥の場所に足を踏み入れたような不思議な気分だった。彼は時々、7が生き返るんじゃないかと思う事もあり、またそんな事でも普通に起こりそうな感じがこの空間にはあるように思えた。

「私情はなるべく挟むな。取りあえず慣れる事だ。そうすれば何とかなる。」
 裏での平均寿命である42歳を数年過ぎた彼は、処理をはじめてから10年が経過しようとしていた。それだけあって、今まで数え切れないほどの現場で処理をした。にもかかわらず、新人に言われる、どの処理班の耳にもこびりついているほど聞き飽きた日常的な決まり文句を口ずさんで心を落ち着かせなければならないほど、この非日常的な現場は勝手が違っていた。もっとも処理班はその効果のほどまでは考えなかったが。
 何かが違う。
 7の死体。つまりはそれだけで裏の中枢に関わる事だった。よってただの殺人ではないのは間違いない。しかしそれだけでは何か腑に落ちない、もっと違う何かがあるような。処理班にはそう思えてならなかった。

 確実に殺す事。
 その場限り一回の殺しだけを考えての事ではなく、7はいつもその先の仕事も見込んでの調査をしていた。そうやって7は殺しの幅を常に広げ続けていき、その結果最強の殺し屋にまでなっていった。
いきなりターゲットの目の前に現れて殺すなど無粋。7は常にそう思っていた。
 今回もそうだったんだろう。そしてその帰り、後をつけられて殺された。
 処理班にはまるで理解できなかった。確かに理論上は可能なのだが7を相手にそんな事が本当に出来るのか、と。しかし考えてもそれ以外にはなかった。
 処理班が作業を再開すると、皮靴を引っ掛けるようにして歩く音が聞こえてきた。まさかと思う処理班をよそに、ためらいもなくドアが開いて、18が部屋の中に入って来た。

 どこを辿っていくのか。誰にも分からなかった。調査はしない。ターゲットの名前もうろ覚え。でも確実に殺している。
そんな事から、18は天才と呼ばれていた。
7の後はこいつ。皆そう思っていた。
能力的にも申し分ない。ただひとつ。余計な殺しをする為、裏の人間には少々迷惑がられていた。

「おいおい、そんなに簡単に姿晒していいのか。」
処理班は驚いた、というより少し呆れた。おおっぴらにどころか、何かを明らかに顕示しているその姿に。
「別に。狙われたって平気だよ。俺いつ死んでもいいし。」
 そう言うと18は処理班の所へやって来て、処理の始まった7の死体を屈んでじっと見た。
「へえ・・・。殺気は残ってないな。いつだっけ?7が死んだの。」
「ああ、昨日の夜だろうな。」
「一瞬だな。」
 18の顔に少し生気が無くなると同時に少しずつ苦痛に歪みながら殺気が顔中にみなぎっていった。

「殺してやる。誰でも思うだろ?でも本当に殺すという事は意味が違うんだよ。それ位は憶えといた方がいい。」
そう、これが本当の殺し屋の目だ。
それは処理班が警官の頃はおろか、裏に来てからでさえ数えるほどしか見た事のない種類の目だった。
「・・・当に殺すという事は意・・・」
18の耳に、というよりも頭の中でそう聞こえた。18には最近よくある事だった。いつもの事と気に留めずに言った。
「カス程度の殺気が残ってるな。・・・・こいつすげえな。正直俺でも無理かもな。」
「え?」
「見てみろよ。後ろから一発ズドンだ。7の格好からして油断した状況だったとは考えにくいからな。完全に後ろをとられての事・・・・。どっからきたんだろうなこいつ。」
 しかし・・・、殺し方が少し変だ。本当にこんな事が人間に可能か?死体に込められた感情があまり感じられない。完全にコントロールされている感じだ。
 さっきまで聞こえていた言葉が消えた。
18は自分の周りに立ちこめる静かで冷たい空気に、久しく感じたことのない緊張を味わった。

誰だ、いや、何だ。巻き込まれるのは嫌なんだがな。まったく。
 処理班は一応そう思った。さらに努めてそう思おうとした。いつもとは明らかに不自然だが完璧な現場、そしてそれ以上に背後にある、殆ど超常的なものを嫌でも感じ取ったが、それにより湧いてくるのは恐怖を差し置いて興味だった。そして同時にそれが、かつて表で何度も経験した失敗につながる事も分かっていた。

 形あるものはいつか壊れる。そんなのこの世界にいれば嫌というほど見る事になる。そこに人が関わってくるという、その生臭さ。そういう人間は何を壊しているのかも分かってない。
「まあそうだよな。条項満たしても保険金払われない事もあるからな。」処理班はひとり言のように言った。
「え?何?」
「いや別に」
途中でやめりゃいいのに度が過ぎた途端になんだよな。
処理班はため息をついて、やれやれという顔をしてまた仕事を再開した。
そういう奴はもう他人と自分との区別もついてない。名前なんて・・・。
「・・・名前・・・」
 名前・・・。そう、こいつの名前、何だったか。あの噂だ。
 18の履いている皮靴のかかとがカタカタ鳴り始めた。
 ふいに18の顔を見た時、処理班はさっきまで見慣れていた18の顔が別人のように変わっている事に気付いた。と同時に本来取るべき行動を放り出しても構わないほどの気分の高揚を止められない自分を殺してやりたい気持ちになった。逃げないと死ぬ。処理班はそれが分かっていても見たい、そしてあるひと事を言いたい衝動を抑えられなかった。

「なあ知ってるか?あいつ、多重人格者らしいぞ。」
「ああ、知ってる。違う名前の時は気をつけた方がいいって話だ。その時の名前って何だっけ?」
「知る訳ねえだろ?そん時は見境がないみたいだからな。聞いた時はもうあの世って事みたいだ。」
「合図は知ってるか?」
「知らねえよ。ていうか何でお前そんなに詳しいんだよ。」
「いいだろ?とにかくだ。目つきだよ。変わりだしたら聞いてみろよ。」

 あなたの名前は?

18は自分を保つのに精いっぱいだった。
 仕事だ。これは仕事だ。そうだ仕事しよう。じゃないと落ち着かない。気を失うのは嫌だ。夢から覚めた時のあの不快感は・・・。

「おい、やったのは誰だ。」
 その突然の一言で、18と処理班の言葉は辛うじて現実に、あるべき元の位置に戻された。二人が見ると汗だくの迫田が目の前に立っていた。


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