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涙も惨敗も糧に「かっこよくなりたい」 CR nethの揺るがぬ哲学

かっこいい人は強い。強い人はかっこいい。

自分の中にある答えを探すようにゆっくりと、それでいてはっきりと、nethは語る。

「かっこいいを追い求めていたら、ここまで来たという感じですね」

10代からFPSタイトルの競技シーンで活躍し続け、今では『VALORANT』国内競技シーンをリードするプロeスポーツチーム「Crazy Raccoon(以下、CR)」の中心的存在となったneth。12月に開幕する世界大会「2021 VALORANT Champions Tour(VCT)Champions」には、唯一の日本チームとしての威信をかけ、挑む。

人は彼を“天才”と呼ぶ。

世界大会での“惨敗”が、進路を決めた

そんなnethが本格的にFPSを始めたのは、中学生の頃だ。友人に『カウンターストライクオンライン(以下、CSO)』のゾンビモードへ誘われたのがきっかけでプレイを始め、せっかくだからと対人戦の爆破ルールにも手を伸ばした。

その「せっかくだから」が、秘めたる才能を開花させる。

精密な操作と駆け引きが生み出す魅力にはまり、「楽しいの塊」だったと自ら表現するほど没頭した。瞬く間に国内有数のプレイヤーへと昇り詰め、「競技」の世界へ飛び込むのも時間はかからなかった。

「色んなチームで一番良いスコアを出せることが多くて、どんどん高いレベルにステップアップしていきました。気付けば大会にも出るようになりましたけど、最初は『優勝は無理でしょ』と思っていましたね」

気軽に参加したはずの競技シーンだったが、独特の緊張感が楽しくてたまらない。センスと情熱を兼ね備えた若者の快進撃は、高校生にして日本代表の座を掴むところまで到達する。

しかし、初めての世界大会で“惨敗”。それが、彼の進路を決定的なものにした。

「国内では勝てていたのに、世界大会でめちゃくちゃボコボコにされたんです。世界の広さを知りました。あれから改めて、競技シーンにはまりましたね」

想像を凌駕する強敵の存在に落ち込むどころか駆り立てられたnethはその後も大会への挑戦を続け、後継作『カウンターストライク グローバルオフェンシブ(以下、CSGO)』に活躍の場を移すと、チーム「Ignis(イグニス)」を結成する。キャリアで「努力度のピーク」と語る猛練習と「今でも一番仲が良い」メンバーによって支えられたIgnisはやがてプロeスポーツチーム「BlackBird」に迎え入れられ、「BlackBird Ignis」として強豪チームへと成長していく。

“ゲーマーのneth少年”は、気付けば“プロゲーマーneth選手”になっていた。

挑戦の旅立ちと、見送った仲間の背中

プロとなったnethは常に結果を出し続けてきた。しかし、国内大会ではトッププレイヤーLazが率いるAbsolute(現ZETA DIVISION)の牙城を崩すことができず、順風満帆とは言えない日々が続く。チームは新たな可能性を求め競技タイトルをVALORANTへと変更したが、チームとしても個人としても現状の打破には繋がらなかった。

「誰が悪いとかじゃありません。ただ、他チームより遅れてVALORANTに参入したこともあって目立った成績を残せませんでした。成長が止まっていることも、チーム全体で話し合って感じていました。同じメンバーで続けることの限界がきたんです」

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そして、nethは決断する。2020年9月、慣れ親しんだIgnisから旅立ち、新天地をCRに求めた。

「プロとして生活をしていくためにも、既に大きなチームになっていたCRで成績を残そうと、挑戦を決意しました」

さまざまなタイトルで実績を残してきたプレイヤーが集うVALORANTの競技シーン。中でも当時のCRはバトルロイヤル系のタイトルをバックボーンに持つ選手で構成されていた。nethは彼らの強さの裏にある「理にかなっていない動き」を外から見て感じていた。

同時に「自分がそこに入ったら」とも思った。爆破ルールの経験はCSOやCS:GOで積んできた。自分が彼らの立ち回りを引っ張れば、彼らの「非合理性」をもっと生かせるのではないか。「“せっかくだから”違うゲームを経験してきたプレイヤーと組みたい」と考えていたnethにとってCRへのステップアップは魅力的であり、挑戦的だった。

挑戦の成果は最高の形で結実する。2021年の国内公式大会「2021 VALORANT Champions Tour(VCT) - MASTERS Stage1」で、それまで絶対的な国内王者として君臨していた「Absolute JUPITER(現ZEDA DIVISION)」を新生CRが破り、優勝を果たしたのだ。

nethをして「泥水をすすらされてきた」と言わしめる絶対王者の陥落は、勝者インタビューで流した嬉し涙と共に、VALORANT競技シーン全体に大きなインパクトを与える一勝となった。

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だが、歓喜は長く続かない。CRとして初めて臨んだ世界大会「VCT 2021: Stage 2 Masters - Reykjavík(Mastersレイキャビク)」では1マップも奪えずに失意の敗退を喫した。嬉し涙は、数カ月のうちに悔し涙に変わった。

このままでは終われないCRは更なる高みを目指し、大規模なロスター変更へと踏み切る。4名の新たなメンバーを迎え入れ、それに伴いチームメイト2人がロスターから外れることとなった。

これまで自らがチームを移籍してステップアップを続けてきたnethにとって、「自分以外のメンバーが去っていく」経験は不慣れなものだった。「寂しかったし、もっと頑張って結果を出していれば違ったのかな」とあふれそうになった悔しさには、「プロとして仕方ない」と割り切って蓋をした。

「Ignisを離れる時も寂しかったけど、プロとしてメンバーが変わっていくのは当然なんです。自分もうかうかしているとチームから必要とされなくなるかもしれない。その刺激で練習を頑張れるタイプなんですよ」

古巣からの旅立ちと仲間を見送った経験が、nethをまた一回り大きくした。

ファンや仲間の存在があるから、続けられる

「プロになり、CRに入り、想像以上にたくさんの方から応援いただいています。すごく力強いですし、より『勝ちたい』と思うんです」

ファンの声援に後押しされ、チームもnethも目標は「世界一」と掲げ、1日の大半を練習に費やす。だが、世界の壁は想像より遥かに高い。2021年9月の「VCT 2021: Stage 3 Masters - Berlin(Mastersベルリン)」では強豪「Gambit Esports」を相手に、2試合で1ラウンドずつしか奪えない衝撃の敗戦を味わった。

「こんなに頑張っているのに、2本しかとれない相手がいるんだ」

悔しさよりも、不思議さやインパクトが勝った。もうどんな強敵にも怯むことはないと思っていたが、その衝撃はいつものような積極性を失ったプレイに表れていた。ただ、直後に日本チームとして国際大会での初勝利をもぎ取ると、「Gambit Esports」との再戦ではオーバータイムに持ち込む接戦を演じ、着実に前進していることも証明してみせた。

「この経験を持ち帰って、分析して、リベンジしたいです」

「世界の壁を乗り越えるために必要なことがわかったら苦労はしない」と笑うが、選手を続けて間違いなくわかったことがひとつある。

「強くなるために一番重視しているのはモチベーション。僕は『楽しさ』がないとそもそも続けられないんです」

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アルバイトをしながら選手活動をしていた頃、単純にお金のことだけを考えたらもっと別の働き方があるのはわかっていた。でも、ゲームの世界での真剣勝負が「楽しい」から続けられた。仲間の存在もnethを支えている。

「もし1人でプレイするゲームだったら絶対無理でした。仲間と話すのは楽しいし、皆で考えるから自分ではわからない欠点も見つかる。試合前はいつも緊張しているので、メンバーの勢いに助けられています」

何度も同じ壁に跳ね返され、人一倍苦しい体験もしてきた。涙もろい性格が故に、何度も涙した。それでもキャリアを振り返る口ぶりに悲壮感はない。その理由も、自分だけでは成り立たないものだ。

「僕は人見知りで他人の目が気になるタイプなんです。服や見た目もそうだし、発言も恥ずかしくない人でありたい。『かっこよく』なりたいんですよね」

素直に上を目指し続ける姿勢も、結果を求めて努力を続けられるストイックさも、愚痴をこぼさない誠実さも、確かな理想像を貫き通すがこそ生み出されてきた。

Lazにはなれない。でも「世界一」になりたい

nethの「かっこいい」を語る上で、欠かせない人物がいる。「一番かっこいい」と思う存在で、常に「一番倒したい」存在でもある。「ZETA DIVISION」のLazだ。

「Lazさんは何も言わなくてもストイックさが伝わってきて、立ち振る舞いも生き様もかっこいい。プロ中のプロだなと思います」

強さだけでは測れないライバルの魅力を心の底から認めると同時に、自分はLazではないことも理解している。彼を尊敬こそしているが、彼を目指しているわけではない。自分なりの理想を追い求め続け、気付けば国内の競技シーンの先頭を走る人生は「夢みたい」だが、現状には「まだ全然、かっこよくないですね」と満足していない。

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20代半ばにして、勝負の世界に身を置いてから10年。昔のような量に任せた練習は少しキツい。仲間と話しても「盛り上がり方が大人になりましたね」と、お互いに年齢を感じることも増えた。

国内シーンを牽引する責任感については「あまり強く感じると好きなことができなくなるので」と気にしないように努めているが、同時に「選手ならではの目線や考え方を共有して、日本がもっと強くなれるようにコミュニティに貢献したい」とも考えるようになった。

もう自分だけがかっこよければ良い立場ではない。チームメンバーを思いやり、国内シーンの将来を案じ、ふと「これ、かっこつけてるみたいに思われないですかね」と自分の発言を俯瞰して笑う。

そんな「大人で好青年」な一面に、楽しさを好み、かっこよさを求め、試合前には不安に駆られ、それでもただ世界一になりたいがために挑戦を続ける少年のような一面が同居する。

彼が努力家であることも、決して平坦な道を歩んできたわけではないことも、誰もが理解している。ただ、華麗なプレイとその人柄が織り成す魅力を表現する言葉は”天才”の他に見つからない。

「VCT Champions」では因縁の「Gambit Esports」と同じグループCに振り分けられた。今最も「倒すべき相手」との再戦のチャンスを得た。

「リベンジして、世界一になりたいんですよ」

nethは世界で一番「かっこいい」結果を求めて、歩みを進める。

(取材・文 ハル飯田 写真:Crazy Raccoon提供)

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