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没個性という願望 1章

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8/12

入道雲に夕日が当たる頃、俺は夏祭り会場を歩いていた。
 俺の夏休み中の我が家の恒例行事、父方のじいちゃんの家への帰省。東京で暮らしている俺は内心、この期間が嫌になってきていた。
 じいちゃんが地元の大地主だという事で無駄に広い屋敷だがそんなの喜ぶのは幼い時までで、高校生になった俺にとっては面白くもなんともない。
 じいちゃんの家は田舎の更に外れ。山奥の中に有って移動には車が必須で、周りにはコンビニはおろか家もなかった。
 つまらないなぁ、と思いつつ俺に割り当てられたクーラーの利いた客間で寝そべりスマホをいじり過ごしていたら、急に親が祭りに行くぞと言ってきた。
 確か小学生の頃に家族で行った記憶がある。高校生にもなって地元でもない所の夏祭りなんて行く必要があるか、と親に反論しようとした。
 だが、そんなこと言おうものなら後々面倒になる事が判っていた。普段、両親は『家族の時間を大切にしよう』と狂ったように言っているからだ。
 家に居るのも祭り会場にいるのもそんなに差がない。むしろなんかイベントをやっていれば、祭りの方が暇つぶしになるかも、と前向きに考えた。
 出発の間際、じいちゃんが小遣いだと言って500円を大量に渡してきた。大体2万円くらいだろうか。
 祭りで使う事はないだろうし、課金にでも使おう。
 そう思って財布に収まりきらない小銭をポケットにしまい、車に乗り込む と祭り会場へ向かった。
 蝉が鳴く代り映えのしない窓の外の田園風景。俺を放っておいて盛り上がる両親。スマホに電源を入れて、動画サイトを開く。好きなバンドのPVを1本観終わったくらいで車は土と砂利を踏みしめる音をさせて停車した。
 車から降りてすぐ、入り口に建てられた「わしざきまつり」の看板に森の一部を切り開いたような広場。木に渡された紐から提灯がぶら下がり、あいまいに薄暗い足元を照らしている。
「やっぱなんもないじゃん……」
 会場に入った感想はこれに尽きる。案の定、ここの祭りは地元の祭りと比べるとひどく質素だ。
 スピーカーから祭囃子が流れ、屋台と呼べそうなものは殆どなくあたりは田舎の人たちが用意した飲食と輪投げや金魚すくいの出店がちらほら並ぶだけ。
 あとは自治会か来賓者かスタッフかが居るテントがいくつか並び、俺の膝位の高さの小さなステージがあるだけだ。
 しかも辺りには同年代の子達はいない。浴衣を着た小学生らしき子供たちが駆けている。
 来て早々に来たことに後悔した。こんな状況で親に連れ回されるのを絶対に避けたい。なるべく目立たない提灯も設置されていない薄暗い広場の外れに移動して段差に腰掛けスマホを出す。
 動画サイトも新しい動画は無いしゲームで素材集めをするのもなんか面倒で、結局適当に動画開いてぼーっと眺める。
 ただただ蒸し暑い。おまけに広場の外れとはいっても祭りの喧騒が耳に届き、動画に集中できない。
 無意識にポケットに手を入れワイヤレスイヤホンを探す。500円玉が指に触れるだけでワイヤレスイヤホンがない。部屋に忘れた。
 結構な額の小銭があるから近くにコンビニで買ってしまおうと思い。辺りを見回す。当然周りにあるのは薄暗い森だけだ。
 他に有るのは内部を隠すようにテントの四方を覆ったテントぐらいだった。
 祭り会場に来る道中はアパートや一軒家と田んぼばかりでコンビニも無かった。
 ここの人たちは普段どこで買い物をしているのか本当に疑問だった。
 汗を拭い、帰ってしまおうかと考える。だけど親が後で怒り狂うのも嫌だったので、溜息をついてまたスマホに視線を落とした。
 セミの鳴き声と喧騒の中動画を見ていると誰かが俺の脇を通り、四方が覆われたテントに入っていく音がした。
 それほど深く考えず動画にまた意識を戻す。
「君、どこの高校?」
 不意に後ろから明るい女の子の声。
 少しだけ驚き、視線を声の方に向ける。
 木陰の薄暗いところには「鷲崎高校」と学校の名前の入った灰色のジャージを着た女子が立っている。
 恐らく同世代のその子は俺が地元じゃ見ない顔と言いたそうな雰囲気だった。
「東京の高校。帰省でこっちきてんだよ」
 そう答える。
「なるほど、そうなんだ」
 そう言いながら彼女は俺の近くに腰を下ろす。
 スマホにまた視線を戻して、隣に座った彼女に暇つぶしがてら問いかける。
「この祭りこの後イベントとか、なんかあるの? 花火とかさ」
「面白いことは何もないかなぁ、これからすると言ったら私達生徒会とか大道芸人が子供向けのイベントするぐらいかな。神社の祭りとは違ってこの祭りは低学年向けだからさ」
「ああ……、なるほどねー。だから同年代が居ないんだ」
 言われて納得した。確かにこの祭りに来てから子供しか見ていない。
「夜に生徒会の活動とか、お疲れさん」
「ありがと。でもまあ大学受験の為ってとこかな」
「あーもしかして受験生なんだ、俺も俺も」
 親近感を覚え嬉しくなって、ついつい馴れ馴れしく話しかけてしまう。
 横に座った彼女をしっかりと見る。
 隣に腰かけた彼女は部活でもやっているのか、少し長めのショートボブで日焼けしていた。顔は中性的で、もし男装していればイケメン男子と間違われるような格好良ささえある。
「君も高3? じゃあ、タメだね。私、静波望海」
「俺は奥野俊」
 自己紹介すると、静波さんは好意的に笑った。
 友達と会えない期間が長かったせいもあったし、同学年だったというのもあった。同世代の人間と話せることが何より嬉しい。
 取り留めなく、流行りの動画だったり有名人の話をしたり、俺は昨年までやっていた水泳の事、彼女は陸上競技を今もやっている事や生徒会活動の事や生活の環境の違いを指摘したりして盛り上がる。
 自己紹介のような過去の話から段々と話題が自分たちの進路に関わる事になる。
「高野君て東京が地元だよね。もしかしたら来年は東京で会えるかもね!!」
「え、静波さんも東京の大学受験すんの!?」
 満面の笑みで彼女は頷く。
「うん、やりたい事があってさ。思い切ってね」
「おおそうなんだ。で、やりたい事って?」
 静波さんは笑い、
「それは秘密かな」
「えー、途中まで言ったなら教えてくれてもいいじゃん」
 と俺も笑って返す。
 それからも楽しくて話に夢中になっていた。いつしか日は完全に暮れる。互いの顔が遠くの提灯の光にうすぼんやりと照らされる。
 静波さんが思い出したようにスマホを取り出し、時間を確認する。
 そして、誰かを探すように辺りを見回した。
「誰かと待ち合わせ?」
 聞くと、ぼんやりと遠くの照明に照らされた静波さんが、
「うん、ウチの生徒会の奴が来るんだけどさ……」
 言っていた生徒会のイベントだろうと思い、こちらに歩いてくる人を俺も探す。
 だけど誰もこちらに歩いてくる人影はなかった。
 シュポ、っと静波さんのスマホがメッセージの着信を知らせる。
「げっ!!」
「どしたん?」
 スマホの画面に照らされて、見える困ったような顔をした彼女が、
「『妹が熱出したから手伝いに行けない』って」
と驚きの原因を教えてくれる。
「あー」
 サボリっぽい、と言おうかと思ったけど見ず知らずの人の事を悪く言うのはどうかと思って俺は、
「それならなんか手伝えることが有ったら、手伝おうか?」
 そんなことを伝える。
 同い年だという事と、せっかく仲良くなった困っている静波さんの力になりたかった。
「え!?」
 予想外だが嬉しそうな驚きの声を上げたが、
「うーん、他校の人って大丈夫かな……」
 片眉を吊り上げ、独り言を言いながら悩んでいるようだ。
「あの先生ならOKしてくれるか……。じゃあ、お願いしてもいい? ちょっとついてきて」
 そう言われ付いて行くと会場の真ん中辺りの祭り関係者の大人たちが集まるテントに着いた。
「先生、副会長が来れなくなったんで友達に手伝ってもらいたいんですけど大丈夫ですか?」
 と、眼鏡をかけた女の人に声を掛ける。
「えー!? ホント!?」
 低学年を扱うように先生は大げさに疑うような声を出すと、これです、と静波さんが出したスマホの画面をまじまじと見る。
「あー、そういう事だったらしょうがないわねえ……。で、友達というのは……」
 と、俺を見る。
「あなた学校じゃ見たことない人ね」
 静波さんに使う声色とは打って変わって不審者に問いかける様な低い声。
「帰省で戻ってきている奥野さんの所のお孫さんです。昔からこの時期はよく遊んでいるんです」
 初対面の静波さんはスラスラと方便を先生に伝える。
 それを聞いた途端、まるで演技だったかのように明るい顔になる先生。
「ああ奥野さんのトコの……、そうなのね。じゃあ会長の知り合いだし問題はないかしらね」
「お前生徒会に入ったって言ってたけど、会長になってたのか……」
 初対面の俺も知り合いのような事を茶化すように言うと、
「え、言ってなかったっけ?」
 と楽しそうに笑いながら返す。
 やり取りに先生は苦笑しつつ、俺に『実行会スタッフ』という腕章を渡してきた。
「あなたの学区外の活動に巻き込んで申し訳ないのだけど、よろしくね」
 腕章を着けて関係者のテントを離れ、先ほどまで居た広場の外れまで戻ると四方を覆われたテントの一部をめくり中に入る。
 中は暗かったが、先に入った静波さんがスマホの明かりを使って照明の電源を入れる。
 途端に明るくなるテント内。ブルーシートが敷かれ、蓋の付いた大きな段ボール箱とスポーツバッグが置かれていた。
 目の前の光景にドキリとする。
 四方を覆われたテント、着ぐるみ好きが良く妄想する『アレ』だ。
 視線を泳がせ質問をする。
「今から何やるの?」
 彼女はこちらに目もくれず大きな段ボール箱の蓋を持ち上げ、
「今から私が着ぐるみを着て、子供たちの相手するんだよ」
 と言いながら彼女は中身を引きずり出す。
 人の大きさ程ある鳥、黄色い鉤爪の付いた足に首周りに白い羽が生えた体が出てくる。恐らく猛禽類だろう。
 俺は混乱していた。興奮する自分を抑えるのが精いっぱいだった。
 俺の頭の中を整理する間もなく静波さんがシャツの上に着ていたジャージを脱いで、タオルを頭に巻いて着ぐるみを着始める。
 ファーではなく、羽が生えたリアルな造形の鳥。その着ぐるみの背中のファスナーを下ろす。
「かなりリアルな作りだね、これ」
「ウチの高校の名前に因んでんだけど、デザイン投票でこの子が一番人気だったんだよ」
 と答えて、右足を着ぐるみに押し込む。
 黄色い鉤爪のついた足が彼女の意志で動く。
「でもさ、これだと子供泣いちゃわない?」
「あー……ありそう。もしそうなったら奥野君、頼んだ」
 と言って、左足も入れる。

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