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掌編「平手打ち」1,055文字

学校からの帰り道、同じクラスのガキ大将と足の速さを競った。

背負った赤いランドセルの中で、ノートや筆箱がゴトンゴトン、と暴れまわる。

西日で長くなった影が、わたしたちの前を走っていた。

走りながら奴の様子をうかがうと、金具が壊れているらしいボロボロの黒いランドセルが、ベロンベロンと暴れて持ち主の後頭部を攻撃していた。

ランドセルに乗ってソリ遊びなんかするから。なんて野蛮なんだろう、考えられない。

ゴールに設定した電信柱を先に通過したのは、わたしだった。

ここ数年ずっと、わたしの足の速さはクラスで一番なのだ。なめて貰っては困る。

肩で息をしながら振り向くと、奴は両手を膝について下を向いていた。

なんだ、思ったより静かだな。もっと、あからさまに悔しがるとか怒るとかすると思ったのに。

少し萎れたようにも見える奴と、そのまま並んで歩いた。

踏切の前で別れようと隣をみたら、奴は数歩後ろで立ち止まっていた。

「おれ、チョコ、1コも貰ってない」

え?

わたしも立ち止まって、振り返った。
今日は2月14日だった。

ま、まあ、おまえがチョコを貰えないのは、当然のように思うけど。

ウシガエルを両手に握りしめて教室に入ってくるようなヤツに、女の子がチョコをくれると思うか?

口から出かけた言葉を飲み込んで、それは残念だったね、とだけ言ってそのまま帰ろうと歩きだした。

万が一、奴がブチキレて掴み掛かられでもすれば、いくら足の速いわたしでも勝てっこないのだ。

「チョコくれよ、ビンタしていいから」

おまえは何を言っている?

いつもとかけ離れた奴の調子に わたしは混乱し、奴のことをすこし怖いと思った。

一瞬考えたのち、ちょっと待ってて、と言ってわたしは駆け出した。

バタバタと慌ただしく玄関を開け、ランドセルを下ろして冷蔵庫を開けた。

この前、ばあちゃんと買ってきたお菓子がそこには入っていた。ひとくち大のクッキーにチョコがかかっている、これにしよう。

1つずつ個包装になったそのチョコクッキーを、一掴みビニール袋に入れたわたしは再び外に出た。

踏切のところまで戻ると、奴はおとなしく待っていたようだった。

ビニール袋を受け取った奴は、わたしのほうに顔を突き出した。

すこし躊躇ったが、どうにでもなれと思いそのまま右手を振り抜いた。

「…ふっ。へへっ、ありがと。また明日な」

ボロボロの黒いランドセルが、ベロンベロンに暴れて奴の後頭部を攻撃するのを暫く見送ったわたしは、家に帰った。

玄関の戸を開けると、母さんがいた。

「おかえり!  あら、顔が真っ赤だよ」

右手も、すごく熱かった。

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