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クレデンザ1926×78rpmの邂逅#115~オットー・クレンペラー『コリオラン』(1927)

Bach Kantaten

だいぶさぼってました

1926年製のクレデンザ蓄音機で78rpm(SP盤)を再生した動画とともに、その音盤や演奏家、それが録音された時代と音楽や演奏家との関係を綴っていくこのシリーズ。

4月にカフェ開業というセカンド・キャリア&ライフのスタートを切ってからというもの、動画はインスタを中心に上げてはいたのだが、「note」と連動してYouTubeに全曲動画を上げる、といったひと手間がなかなかかけられなくなってしまった。

ただ、そういう言い訳をずっと言っているわけにもいかず、少しずつ、しかもYouTubeありきの動画ではなく、インスタのリール動画、スマホ閲覧を前提とした9:16のアスペクト比のものになってしまうのと、「note」の内容も薄っぺらくなってしまうが、ご容赦いただきたい。

オットー・クレンペラー

この20世紀を代表する指揮者は、その音楽のみならず度重なる怪我や病気、躁鬱病、色情狂と言われても仕方がない奇行の数々でも有名だ。

クレンペラーについては過去このシリーズで3回綴っている。

1920年代後半、精悍で男性的魅力に溢れ、ベルリン・クロルオパーでの最先端を行った演目やアバンギャルドな舞台の責任者として精力的に働いていたクレンペラー。
先に上げたような様々な理由によって、芸術家としての生命に危険が及ぶに至ったが、戦後アメリカからヨーロッパに戻ると、フルトヴェングラーとカラヤンをレコード産業に巻き込んだキングメーカー、EMIのプロデューサー、ウォルター・レッグと出会う。
この出会いはレンペラーにとっても、音楽ファンにとっても幸福なものであった。
EMI専属のオーケストラであるフィルハーモニア管弦楽団と数多くのレコーディング・セッションを行い、彼の代表的なレパートリーが音盤化されたのだから。
それは晩年コロムビアが演奏活動からは引退していたブルーノ・ワルターのレパートリーをステレオ録音していった作業と同様、レコード録音史の中でも特筆に値する事績だと思われる。

逆にクレンペラーの戦前のセッション録音=78rpmの数は極めて少ない。
レコード録音に積極的ではなく、「音楽を記録する」ことの意味を恐らく全く理解していなかった同時代の巨匠、ハンス・クナッパーツブッシュよりも数的には少ない。

その多くはまさにクレンペラーがベルリン・クロルオパーの音楽総監督であった1920年代後半に、ウンターリンデンのベルリン・シュターツオパーのオーケストラであり、クロルの座付きでもあったベルリン・シュターツカペレと行ったODEON/Parlophone盤だ。
ここでは古典的なレパートリーに加え、珍しいドビュッシーや、若き日のクレンペラーにとって大切なレパートリーであったであろうクルト・ヴァイルの『三文オペラ』の音楽なども録音されているが、彼の当時の名声と比較するとその数はいたって少ない。

その理由として推測されるのは、やはり当時の彼の人間としての常軌を逸した振る舞い、精神状況。
そのあたりのことは過去3回の「note」にも記してあるので、参照いただければありがたい。

『コリオラン』序曲

今回の動画もそのODEON/Parlophone時代の1枚で、1927年に録音されたといわれるベートーヴェンの『コリオラン』序曲。
『エグモント序曲』同様、12インチの78rpm両面にぴったり収まる演奏尺なので、当時は多くの指揮者がこぞってこの2曲を録音している。
クレンペラーもその通り。

即物主義(ザッハリヒ)の信望者であった若き日のクレンペラーらしく、後年のスローテンポによる大河を思わせる音楽ではなく、引きしまった筋肉的造形美、古典様式の均整が取れた、そして彫りが深く厳しい表情を見せるベートーヴェン。

こんな音楽を作り出し、長身で色男だったクレンペラーに、女性がついつい気を許してしまうのもさもありなん、と言ったら当時の女性に失礼か・・・。

名称未設定のデザイン (21)


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