クレデンザ1926×78rpmの邂逅 #12~エレナ・ゲルハルト 1904年のアコースティック録音~
ドイツのメゾ・ソプラノ、エレナ・ゲルハルト(Elena Gerhardt, 1883年11月11日 - 1961年1月11日)。
エレナ・ゲルハルト
ライプツィヒ近郊に生まれ、ライプツィヒ音楽院で学ぶ。
当時音楽院の院長だったのは、かの指揮界の巨匠、アルトゥール・ニキシュ。
ゲルハルトは20歳の誕生日にニキシュの伴奏で歌手デビューを飾った。
またその直前には、ニキシュのピアノ伴奏で『鍛冶屋 』『甲斐なきセレナーデ 』(以上ブラームス)、『想い出ずる小さな歌』(ブンゲルト)、『友人』」(ヴォルフ)の録音も行っている。
これ以上の船出はあろうか?
そして1905年には、ライプツィヒ歌劇場でトマ『ミニョン』とマスネ『ウェルテル』でオペラ・デビュー。
しかしその後はオペラには一切出演せず、専らリート歌手として活動した。
理由は何であれ、キャリアをスタートしたばかりの若い歌手がオペラの道を自ら断ずるというのは、当時としては非常に稀なことだと言っていい。
しかし、シューベルト、シューマン、ブラームス、ヴォルフ、R.シュトラウスなど、ドイツ・リートの神髄を、その深く陰影に富んだ歌声で聴かせた。
録音は決して多いとは言えないが、現在でも復刻CDでほぼその全録音を聴くことができる。
L.レーマン、E.シューマン
世代的には同い年の名ソプラノ、ロッテ・レーマン(1888 - 1976)とエリーザベト・シューマン(1888 - 1952)より5歳年上。
リートのレパートリーは当然重複していたし、現在と比較してソプラノとメゾ・ソプラノの違いがそれほど明確ではなかった時代に、この3名がドイツ・オーストリアの音楽界で活躍していたと思うと、眩暈がする。
1927年3月9日、11日、24日、ゲルハルトは女声としては恐らく史上初めて、シューベルトの『冬の旅』のまとまった(8曲抜粋)録音を残した。レーマンが全曲を録音するのは、13年後の1940年だ。
ゲルハルトの『冬の旅』は、バス・バリトンの逞しい声で歌われるそれより、その切実さにより、逆に底なしの沼へと誘われるような感覚を催させる。最終曲『辻音楽師』などは確実に『死』だ。
【ターンテーブル動画】
今回はそれからさらに遡ること23年、1904年4月8日、つまり20歳でデビューした直後の、シューマンとシューベルトの有名な2曲を収めたアコースティック録音による 12inchの78rpm。
シューマンは『くるみの木』、そしてシューベルトは『魔王』。
そう言われなければ20歳とは到底思えない声の深みと言葉の掘り下げ方、そして厳格でありながらも、テンポの微妙な揺らぎなど、完成しきった歌に聴こえる。しかしそこはやはり20歳、老練な感じはしない。
これは掛け値なしの名盤だ。
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