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クレデンザ1926×78rpmの邂逅 #110~アーチー・カムデン モーツァルト『ファゴット協奏曲 変ロ長調 K.191』(1926)

モーツァルトの『ファゴット協奏曲 変ロ長調 K.191』が好きだ。

時期的にはヴァイオリン協奏曲諸作と同じ頃、1774年6月4日にザルツブルクで完成しており、モーツァルト18歳の作品だ。
フランス風のギャラントな様式で書かれ、優雅でありながらファゴットの特徴でもある音の跳躍やハイ・バリトンを思わせる柔和で豊かな音、そして何処か飄々とした曲である。

晩年の作『クラリネット協奏曲』とカップリングされることも多く、結果的に多くの音盤がこれまでリリースされてきた。
ウィーン流派の現代的祖であるウィーン・フィルの首席奏者カール・エールベルガー、その最も優秀な弟子であったミラン・トルコヴィチ。
フランス式楽器「バソン」で言えば、ポール・オンニュやモーリス・アラール。
そしてバロック(ピリオド)・ファゴットで言えば、何といってもセルジオ・アッツォリーニが強烈な存在感を示している。

A.カムデン  世界初録音

そんなモーツァルトの名曲の世界初録音となったのが、今回ご紹介するイギリスのファゴット(バスーン)奏者、アーチー・カムデンが1926年3月30日に録音した78rpm。指揮はサー・ハミルトン・ハーティー。
1926年と言えば録音形式がアコースティック録音から電気録音に変わった時期。オーケストラの録音がしやすくなったこのタイミングで、英Columbiaが満を持してこの作品を取り上げたのだろう。

因みにバソンの王様であり、フランス管楽器界、音楽教育界の重鎮(オンニュもアラールも彼の弟子)であったフェルナン・ウーブラドゥが同曲をレコーディングするのは1936年のことである。

そんな世界初録音のソリストとして、カムデンの名前が挙がったとはその経歴から見れば誰でもが納得する。
アーチー・カムデン(Archie Camden OBE,1888年3月9日-1979年2月16日)は1906年にハレ管弦楽団に入団し、1914年には首席奏者に昇格。1933年にBBC交響楽団の、1946年にロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者となった、いわばイギリスを代表するファゴット奏者だった。
カムデンはまた、最初にファゴット・ソロの曲をレコーディングしたファゴット奏者とも言われている。それがどんな曲だったのかまではリサーチできなかったが、ファッゴト・ソロ曲でもっとも有名な作品であるモーツァルトのコンチェルトを、世界初録音したという事実だけで、カムデンの名が音盤史に刻まれるに足るだろう。

【ターンテーブル動画】

そんなカムデンのモーツァルトは、1920年代らしくテンポの揺れ、リタルダンドやアゴーギグが取り入れられている。特に情緒的な第2楽章でそれが顕著で、まさにハイ・バリトンが歌うセレナータのごとき優雅さと甘さが滲み出る。
また最大の聴き物は第3楽章のロンドに用意されている。ロンド主題が3回廻ったあとで、カムデンは意図的にカデンツァを挟み込み、何とそこで『魔笛』『フィガロの結婚』、それぞれの序曲のテーマをアドリブで吹いているのだ。
ユーモアのあるイギリス紳士の企て・・・。

おそらく、このポートレートが物語っているようにユニークでサービス精神旺盛な人だったのだろう。

ではクレデンザ蓄音機でカムデンの創意工夫をごゆっくりとご堪能いただきたい。



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